虫のいろいろ
※先に書いておくと、本文中に1枚だけ虫の画像を載せてます。生々しくならないよう、解像度は落としてありますが、苦手な方は開かないことをお勧めします。
情けないことに、虫が大の苦手である。
都内でこそあれ、そこそこ自然の多い地域に育ったから、少年期は虫捕りに興じたりしてもよさそうなものだったが、どうにも気持ち悪くてカブトムシとかクワガタすら触れるのに躊躇してしまうような、そういう性格であった。
よく考えると、根が潔癖だから、そのためかもしれない。
ところで、フィリピンで仕事をしていた9ヶ月間、滞在先のドミトリーはヤモリやらゴキブリやらがそこら中に蔓延っている環境だった。
部屋も隙間だらけだったから、どこから侵入してきたものかわからないけど、けっこうな頻度でそういう小さき隣人たちと遭遇する羽目になった。
海外での独り暮らし。
いよいよ誰も頼れない状況には違いなく、仕方なしに1匹1匹と決死の思いで戦闘を繰り返した結果、今では(厭じゃないことは決してないけれども)害虫の駆除くらいなら難なくできるくらいの根性は持ち合わせるに至った。
海外で遂げた、数少ない成果のひとつである。
で、日本で独り暮らしを始めてからも、然るべくいろいろな虫と対峙してきた。
何しろボロアパートだから、これは全く想定内のことである。
代表的な、且つ退治に難儀する虫がゴキブリだと思うけど、僕は科学の子なので、できるだけ出くわすことがないように先手を打ってきた。
いわゆる「ブラックキャップ」を屋内外にばらまき、一部はダンゴムシが集ってしまい無用な遺骸の山となってしまったが、仕掛けて数日で数体のゴキブリがひっくり返っていたのを見るに、効果は覿面らしい。
それが夏前のことで、残念なことに、先週になってとうとう室内に1匹表れてしまった。
極めて冷静に対処することこそできたが、先に置いたブラックキャップの効き目が弱くなってきたのかもしれないと思う。
まあそれはまだいい。
それよりも対処に困る虫が、先月、室内に出現していた。
ネット上では「軍曹」の呼び声高い、アシダカグモである。
ある日僕が帰宅し、シャワーでも浴びようかと風呂場へ足を踏み入れた途端、そいつが素早く逃げていくのが見えてしまった。
その時の写真がこれだ。
汚い風呂場で恐縮だが、後ろのシャンプーボトルと比べれば大きさの感じがお分かりいただけるだろう。
体長はおおよそ15センチ。
僕が今まで目の当たりしたクモ(昆虫館のとかは別)の中では、最大級のサイズ感だった。
虫の駆除に多少慣れ始めたくらいの神経で、この大きさのクモをどうこうすることはさすがにできない。
新聞紙でパンと潰せる大きさではないし、むろん掴むことなど到底不可能である。
しかしながら、周知のように、アシダカグモじたいは益虫に他ならない。
人間にこれといった害をもたらさないばかりか、ゴキブリを始めとする害虫を捕食してくれるのである。
まあ、ゴキブリとて嫌われる一番の理由は見た目だろうから、アシダカグモとどちらをとるか、というのは究極の選択かもしれないが、とにかく悪いやつではない。
と、遭遇後の短い時間で自分に言い聞かせた僕は、30分かけてそのクモを風呂場から台所へ移らせ、室内で放し飼い状態にしてみることとした。
ゴキブリを捕まえられるくらいだから、当然、本気を出した時の移動速度は尋常ではない。
あの大きさのクモが、突然物陰にガサガサ動くと心臓にくるものがあったけれども、数日したらそれにも慣れ、むしろボディーガード的な頼もしさをすら感じていた。
あれから1ヶ月ちょい経つが、軍曹の姿はとんと見かけなくなった。
あるいは「任務」を終えて他へ行ってしまったのかもしれないと思うと、少し寂しい。
寂しさを虫で紛らわすのもけっこう危ない気がしなくもないが、こういう環境も案外悪くないと今では思っている。
「住めば都」とは、実に言い得て妙である。
ちなみに、タイトルに使った尾崎一雄「虫のいろいろ」という短篇は、傑作だと思うので文学に心得のある方は是非読んでください。
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