モダン建築日和
街を歩くのが好きだ。
住み慣れたところでも、辺りを見回しながらゆっくり歩いていくと、思わぬ発見がある。たまさか足元にあった綺麗な花でも、土を這いずり回る変な形の虫でも、その名前を知っていることがほとんどないという無知が、却ってこれを面白くしているのかもしれない。
しかし、こと知らない街を歩くときに僕が一等面白く思うのは、その地に古くから建っていたのであろう建築たちだ。民家でも商家でも、果ては庚申塔や標識ひとつでも、戦前の空気を残しているのが非常に愛おしく感じられてならないのである。
古本でもなんでもそうなのだが、文化の色合い的に僕が一番好きな時代は大正末~昭和ヒトケタ年代あたり。
関東大震災後の「バラック建築」とか「看板建築」は写真を見るだけでも楽しく、中でも「看板建築」などは街中で見かけるたびに写真を撮るようにしているくらいだ。
撮影者の腕の問題もあって"映えない"写真ばかりだが、ここに写ったような建築は読者諸賢の周りにもあるかもしれない。広く平面的なファサードが特徴で、デザイン性に優れたものもよく見かける。なにがと問われても答えにくいのだが、ともかくこの建築様式が大好きだ。
小金井の江戸東京たてもの園には、こうした看板建築が方々から移設、保存されており、とても雰囲気のいい公園(?)なので建物好きならば一度は行っておいていいと思う。
たてもの園のようにオリジナルの建物が展示されている例はもちろん極々稀で、街中にある物件の大半はまだ人が住んでいたり商いが営まれていたりするため、オイソレと写真を撮ることができない。
一ファンとしては心苦しい限りであるが、通行人が自分の家をジロジロ観察し、あまつさえ写真など撮ったりしていたら、いくら時代物の建築に住んでいようとも不快に思うのが当然なわけで。
散歩するときは周囲の目に気を配りつつ、こっそりとカメラを向けているというわけである。
で、今週は晴れ間がのぞいた休日に東京都庭園美術館へ行ってきた。
「東京モダン生活」なる展覧会が開催されており、1930年あたりの東京での暮らしに関する資料が展示されるとのことだったが、どちらかというとメインは「年に一度の建物公開展」のほうで、国の重要文化財に指定されている本館「朝香宮邸」の内部が一般公開されるのを目的としていた。
現代にあってもなかなかお洒落なたたずまいだと思うのだが、建てられたのは1933(昭和8)年。昭和も初期にあっては、さぞかし先進的に見えたことだろう。
日本史は苦手なので、沿革については下記のリンクを参考されたい。
https://www.teien-art-museum.ne.jp/museum/index03.html
元々は久邇宮朝彦親王の第8王子鳩彦王が、当時フランスで隆盛を迎えていたアール・デコ様式に感銘を受け、自邸の建築に持ち込んだということである。
写真撮影は自由。そこそこ広い邸内を、順路に沿って回っていく。
どうもふだんは日光による劣化を防ぐためにカーテンを閉め切っているとのことで、多少の改装はあっても当時のモダンな空気をここまでとどめているのは素晴らしいことである。
家具とか壁紙は当時の一級品で、それらも見ごたえはあるのだけれども、扉のガラス、ラジエーターのカバー、タンパン等々に施された細かい意匠も美しく、所によっては窓サッシやドアノブに当時のものが残っているので、一室一室じっくり眺めていくだけでも時間が過ぎていってしまう。
僕の建築に対する興味は、こういうブルジョワジー的なものよりもむしろプロレタリア的というか、庶民的なものにより強く向かっているのだが、昭和初期に新しい美術の潮流がこうして受容されていたのだというのは興味深い。
まあ正直なところ、僕は美術についてはズブの素人で、アール・デコとアール・ヌーヴォーとの違いを説明できる自信すらない。建築にしても知識が不足しているから、どうにか体系的なものを身に着けたいと思いながら、タイミングを掴み損ねている。
とかなんとか言い訳をしつつ、建築関連の古書も買うようにしているのだが、これも果てしなく、新居においてさえ古書の海に溺れそうな日々である。
以下、オススメ文献。
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