僕と僕の文章と
このnoteで文章を書かせてもらって1年が経つ。毎週の更新というわけにはいかなかったが、勝手気ままなことを書いていくのは無条件に楽しい。
来し方を見やれば、今までにもいろんな形で文章を書いてきているようなので、ノスタルジックにいくつか思い出を書いてみたい。
これまでの人生で書くことを苦に思ったことはなく、むしろ自分の体験なり思ったことを文字にしていくことに癒しを感じているフシがある。苦手とする人が多いと聞く「作文」についても、むしろ書きたいことをいかに削っていくかという点に苦心したものだった。
幼少期の話をすると、教育に熱心なのかズボラなのかよくわからん両親が、言葉についてはめっぽう厳しくて、幼稚園生の時分ですでに漢字を書かないと叱られたし、日記をつけていた時期は親父の添削・コメントが入った。
大人になって読み返してみると「もっと漢字を書かないと忘れてしまうよ」とか「毎日ゲームで遊んだことしか書いていない。考えたこと感じたことを書くように」とか、確かに正論ながら、その歳の子供に対してはだいぶ手厳しい印象である。
いま、教育についてちょっとわかる歳になって、うちのやり方には思うところが多々あるが、その教育(?)がいまの僕を形作っているという意味では、多少の感謝はしておいても良いのかもしれない。
ネットで、というかパソコンを使って文章を書き始めたのは、記憶の限りだと小学5年生の時だった。
そもそものキッカケは「ホームページを持ってみたい」という漠然とした好奇心なのだが、母に相談してみたところ「ブログ」というものを紹介してくれた。
使わせてもらったのは、ヤフーにかつて存在した「ジオログ」というサービスで、小5の11月から大学1年くらいまで断続的に日記を書いていた。
特に盛り上がったのは中学の頃だった。仲のいいクラスメイトにアドレスを教えて、各記事のコメント欄をBBSのように使ってやりとりをするという、実に他愛もない交流だったが、毎日学校で顔を合わせている友人でも話題は尽きることがなかった。コメント上限は記事ごとに100だったけど、毎日更新していてもすぐカンストしてしまい、話がタケナワで途切れたりしたのも懐かしい。
ご存知の方もあるかもしれないが、ジオログというサービスは2014年に終了してしまう。終了後は一切の閲覧ができなくなるというので、テキストデータはヤフーブログのほうへ避難させておいたのだけれど、今度は2019年にヤフーブログもサービス終了となった。
何しろ母親のアカウントで始めたものだったから、ヤフーブログが終わる通知を直接受け取ることができず、気づいたときには全てがネットの虚空に霧散したあとだった。
読み返したいと思うわけではないが、長いこと書き継いでいただけに、この別れはちょっと寂しかった。
大学を卒業し、フィリピンで日本語教師モドキに着任した僕は、業務の一環としてブログを書くことになる。お上の指示として、自分たちの活動を市井に知らしめることが求められていたわけだが、日本語教育についてとか、フィリピンでの生活・文化体験など、毎日のあれこれを書いていくのは本当に楽しかった。
海外で生活していると辛い時期も当然あるわけだけど、それを(ある程度ソフトな筆致で)文章に起こしてやることで、少しくストレスが解消されていったものだった。
帰国後も、同じプログラムに参加する「後輩」たちへの情報提供を主たる目的として細々と更新・運営してきたのだが、さすがに内容が古くなりつつあることと、いま僕がカタギの生活を送っていない後ろめたさとを理由に、このブログは近々閉鎖することにした。当時かなり心血を注いでいただけに、頑張っていたころの自分の活動を見るのが辛い、というのが正直なところである。
で、いま僕がまとまった文章を書いているのは、このnoteと、古本に関するブログが1本のみである(Twitterは文章に入らないと思う)。
古本のブログは、同好の士への情報提供と自分の備忘録を兼ねて2年前から書いているもので、できるだけ硬い文章を書くように心がけている。論文、とは少し違うのだけれど、内容が硬いのだから相応の筆遣いでもって書くのが、古本の世界に対する礼節ではないかと思ってのことだ。
あまり周知を図ってはおらず、紹介した本をピンポイントで検索にかけたりしないとたどり着けないようにしてあるので、隠れ家のようにコソコソ楽しんでいる次第である。
noteにお誘いいただいたときに僕が真っ先に思ったのは、古本ブログと同じ文体ではいけないということだった。内容としてはもっと日常的な「やわらかい」ことが中心になるし、そもそもプラットフォームとしても硬い書き方はふさわしくないと思うわけで。
ところが、(このあたりが僕のスキルの限界らしく)常体の文となるとどうしてもガチガチの言葉遣いになってしまう。直そうと努力してみればよさそうなものだが、推敲の時間をとりにくくなった現時点では、それもなかなか叶わない。
かといって敬体だと――フィリピンでのブログはですます調だった――やわらかくなりすぎてしまい、どうにも読者に阿るような態度が気に入らない。明確に読み手を意識した、たとえば広報みたいな文章ならばそれでもいいのだけど……。
紆余曲折ありつつ、又種々の悩みを抱えながら書くわけだが、僕は自分の文章には人並み以上の愛着を持っているつもりだ。冗長が過ぎようと、くだらない内容だろうと、そして誰も読んでくれなかろうと、僕はこれからも、どこかで何かを書き続けていくことと思う。
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