デマゴーグは誰か
「けっきょくデマが広まって混乱が生じているじゃないか!」と叫びたくもなる春先。
ただ、この狂瀾は僕にとってちょっと面白い体験であった。
市場のあらゆる場所において人々がトイレットペーパーに殺到し、買い占め騒動が頻発してしまっているのは、「紙をマスクの材料にまわすため、近くトイレットペーパーが不足する」などといった、根も葉もないデマゴギーに端を発している。
と書いて多くの人が思い出すのは、オイルショック下の1973(昭和48)年に起こった、通称「トイレットペーパー騒動」ではないか。
昭和を振り返る系のテレビで「オイルショック」がフィーチャーされるとき、必ずと言ってよいほど映像が流れる事件だから、当時を知らない僕でもよく知っている光景だ。
で、この映像を見るたびに僕が抱く感想は、流言に惑わされたとはいえ、なにも大挙してスーパーに押し寄せる必要はないだろう、というものだった。生活に不可欠なものであることは確かだが、万が一、生産がストップするか何かで姿を消してしまうことがあれば、それはその時に考えるべきことだし、市場の在庫が払底するまで何の対策も講じないような日本ではあるまい。
というか、原油高が高騰して真っ先に出てくる心配がトイレットペーパーというのも、妙に生活臭くておかしみを感じつつ、半ば当時の人たちをバカにしたような態度で資料映像を見ていたのであった。
ところが、いざ同時代に居合わせてみると、なるほど、これは買いだめの衝動に駆られるのも納得である。
デマそのものを信じ込んで買いだめするのではなく、「デマによる買いだめから在庫が少なくなっている」という情報を受けての衝動買いが多いようだから、ある種、入れ子構造の様相を呈していると言っていいかもしれない。オイルショックの例も、おそらくそういうパターンが多かったのだろう。
不肖僕の頭にも「いつまで続くかわからないから、少し買っておいた方が安心かも」という考えがよぎるが、ぐっと衝動を抑えて頭を冷やす。昭和の映像に見たような「愚かな消費者」の一員を成したくはない。うん、家には向こう半年分くらいのストックはあるぞ、と。
こういうデマ騒動は、歴史を振り返ってもいろいろ興味深い事例がある。
関東大震災関連のものは悲しくなるから書きたくないが、悲惨さが少ない中で有名なものだと、1910(明治43)年のハレー彗星接近の際に起きたゴムチューブ買い占めあたりが象徴的だろうか。
『ドラえもん』でも紹介された事件だから知っている人も多いだろうが、地球に彗星が激突するとか、最接近する5分間だけ地球上の空気が無くなるとかいうデマがまことしやかに囁かれていたようだ。
庭に大きな穴を掘る者、水をはった洗面器に顔をつけて、呼吸を長くとめる練習をする者。また、保存空気所持の必要から、自転車のチューブがバカ値を呼んだとか。(風来団三郎「ハレー彗星騒動事件」.『明治・大正・昭和 事件・犯罪大事典』)
実際は色ガラスで彗星を観察しようとする科学の民もそれなりにいたようだが、しかし令和の今にあって、これを「バカな民衆」と一笑に付すことのできないことが悲劇でなくて何であろうか。
尤も、マスクが売り場から無くなってから早1ヶ月が経つわけで、トイレットペーパーで同じ様な現象が起きても不思議ではない、という不安もわかるっちゃわかる。
しかし小売の立場から見ていると、あまりにも意地汚い買い占めが目立つ。転売云々もそうだが、1人1点というのを何度も並びなおして買ってみたり、「次はいつ来るのか」「いくつ来るのか」「取り置きしてくれ」と連日にわたって店員にしつこく絡んだり……。「物資は広く必要なところに行き渡らせよう」などいう発想を微塵も理解しようとしない、卑しい手合いが多く見られるのは残念でならない。
この分では、マスクも当分需要を満たしそうにないよなぁ。
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