冬の気配は一枚の葉っぱ どこからともなく僕の前に舞い落ちてきたそれは 油絵具を丁寧に塗り込んだみたいに 真っ黄色 あまりにきれいで拾い上げたら 少しだけひんやりとしていた 冬の気配は一枚の葉っぱ これがチケットなんだってさ 冬の入口に立つ 係員に聞いたところ 彼らは冬の腕章を付けて 僕らをいざなうのだけれど なかなか入りたがらない人もいるみたい そういう人には 葉っぱがだいだい色になったら また来てくださいって言うらしい 僕はこの真っ黄色が気に入ったからと言えば 私もで
私たちは生きていれば誰でも多くの死と出会う。 死は喪失だ。 心の中にぽっかりと穴が空く。 何にも代えられない穴がそこにある。 その存在が自分にとってどれだけ身近だったかで 穴の大きさは変わってくる。 時とともに埋まる穴もあれば、埋まらない穴もある。 けれど無理に埋める必要はない。 その穴でさえ大事な自分の一部なのだ。 そのぽっかりを抱えながら生きていくしかすべはない。 ただ、春が来るたびに、 頭上に満開の花を見るたびに、 風で落ちてくる花びらを少しずつそこに並べてみたい
昨日の深夜に雪が降った。 降っている気配だけを感じて眠った。 朝になってカーテンを開けると、昨日降ったのは青色の雪だった。 外に出て街が青色に染まるさまを見る。 道も屋根もうっすらと青く、枝だけだった木々はその黒い枝にこんもりと雪を乗せていて、青い花を咲かせているようだった。 太陽の熱で溶けだしてキラキラと光る青い花。 近くの駐車場にいつも止まっている黄色い車はほんのりと緑色に見えた。 青い雪が降ると人々は空を見上げる。 今日は晴れているので空も青い。 まるで空が地上に
同窓会で大きな客船のクルージングに参加した。 ゆっくりと紺色の海を進む船。 波はほとんどない。 デッキに出ると、空も海も大小様々なエイの群れ。 ほう。 わたしはデッキに空から近づいてきた中くらいのエイにえいっと飛び乗った。 平たい背中に座ると、手も足も伸ばせる。 エイはゆるりと高度を上げて空を進んだ。 高いところから見下ろせば、 何十種類ものエイたちが客船の周りを浮遊している。 灰色と白の、カーペット何枚分かの大きいもの、 真っ青が美しい、人の背丈ほどの丸っこいもの、 黄の目
あなたとの日々を ひとつ ひとつ ぼくは 胸にしまいながら歩いてる 空は曇りで 気温は少し高め もう少しで汗ばむところをなんとか抑えてる 歩みを遅くすることで。 きみのことばの意味を考えようとして、やめる。 考えたってきっと何ひとつ 進まないのはわかってるから。 明日の気配が夕暮れとともにやってきて いつものスーパーが目に入る 買わなきゃいけない物 ひとつ ふたつ ぼくは あなたのことを忘れてく
唐突に浮かんだ、 「晴れの日をマグカップに」。 その言葉どおり、 今日の晴れの日をマグカップに映すべく外へ出た。 少し歩くと大きな公園があって。 噴水の近くには何人かぼくと同じ考えの人がいた。 晴れの日をマグカップに。 唐突に浮かんだのはぼくだけじゃなかったのだ。 めげることはない、 たいていの思いつきは誰かの頭の中にも落ちるもの。 キラキラと光る水面に惹かれて、噴水の縁に座る。 マグカップを水と空、両方映せるところにかざしたら 青空をすくう仕草で傾けて。 陽の光をいっぱいに
道端のなんでもない石をけとばし歩いてた あっちへころころ こっちへころり どんどん転がしていくうちに なんでもない石の外側は 雲母のように少しずつはがれてゆく そのたびに光をまとっているようにも見えた どんどんはがされ小さくなる石は 最後に家についたとき 思い切りきれいなものになっていた 僕はてのひらにそれを乗せ言葉を失う 言葉を失うけれど その石は言葉だったので なんでもない顔をして 僕のものになったんだ 僕が光らせたぼくの言葉の石だった
春の陽の中には黄金の糸が混ざっている それはわたしたちの目をおだやかに眩ませる 黄金の糸は束になったりほぐれたり 陽の中でゆらめき遊ぶ 束になればいっそう太くきらめいて ほぐれればいっそうやわらかに遊ぶ 春風がざぁっと強く吹く日 ほつれていた黄金の糸はふつりと切れたりもする 切れはしになった糸は風に乗って どんどんどんどん飛んでゆく わたしたちの視界のはしに まぶしさを残すのを楽しむように 小さな子らは小さな手を伸ばして 黄金の糸切れをつかもうと飛び跳ねた つかんだて
音楽の魔法に活字の魔法 世の中にはいろんな魔法があって 僕はその魔法使いの一人 杖のかわりにペンを持つ 呪文のかわりにピアノをぽろん 走り出す言葉 回り出す世界 まだ魔法をしらない人に かける魔法ってなんだろう 歩くときに混ぜてみるスキップの タップ音だとか 紅茶にいれた一粒の砂糖が溶けて 喉をキラキラと入っていく様子が まるでマジックパワーチャージみたいな そのくらいの魔法が 僕らには必要だ 絵筆の魔法に声の魔法 世の中にはいろんな魔法があって 僕はその多くの魔法
誰かの声に乗っかって 次の季節がやってくる 君はもう背伸びをした? 迎え入れる季節に 僕は新しいフライパンを買った 時が過ぎる早さを 僕らは甘く見すぎている そう思って防御のかまえのフライパン からだを伸ばして 風を感じて 声を出す 君の季節はすぐに来る 晴れ間の陽ざしに果てはない 跳ね返すフライパンで 僕は力を得る
見上げるとビルの高さに三日月がいた。 珍しく低いと見ていたら、とんがったところが屋上の柵にひっかかり、空に昇るのに四苦八苦しているようだった。 May I help you?
紅葉の季節になると 樹の下で落ち葉を待つ人たちが現れる 彼らは秋の葉の国の人 はらりと落ちてきた黄色の一枚を受け止めて じっとその葉に目を落とす そこには かなしみに飽きた王子の物語の冒頭が。 王子が窓から外を見て ため息をついたのを 渡り鳥の一群が見かけたところ 次に落ちてきた赤い一枚には 馬とロバが繰り出した冒険譚の一頁。 老いた馬が若いロバと 銀色に輝く湖の町にたどりついたところ 秋の葉の国の人たちは 葉っぱに描かれた物語をゆっくりと読んでいく 読み終わるとほ
雪どけの音を聴いた気がした。 窓の外。 ぼくらの心には まだ秋がいるのに 一瞬の冬、 雪景色をぼくはたしかに聴いたのだ。
ハロウィンの夜のオレンジの月 ぼくらとあの世をてらす光 生きているものはいつかは死ぬのに あの世はどうしてこわいのか 見ることも聞くこともない場所だからか ドクロに魔法使いに吸血鬼 今宵ちいさなパンプキン隊は Trick or Treat!の声たからかに あちこちの家に出没中 カボチャのランタンを 鬼火のようにかかげて あちこちの扉をノックする ハロウィンの夜のオレンジの月 ぼくらとあの世がつながる今夜 悪魔にコウモリに狼人間までそろったら ちいさなおばけの一団はこわ
月といえば光だった。 晴れた夜空に煌々と輝くそれは 星々の光を掻き消して僕らの夜道を照らすのだった。 時折流れてくる雲がその輪郭の内側に月を隠す。 その間、夜は沈黙を守り僕らは耳を澄ませた。 木々は日中の忙(せわ)しいざわめきを葉の裏に隠し 何事もなかった顔で静かに夜空を見上げている。 ヴェールを脱いだ月が再び現れると、 その光は眩(まばゆ)すぎたので老人や子供などはよく目を瞑ってそれをしのいだ。 この洗い立てのような白い月に 僕らが託すことといったら希望でしかなかっ
運んでくれたのは秋からの風 周りで跳ねるメロディに心躍らせて ぼくらは見える海に向かう 少し冷たくなってきた風に 少しひやひやしながらも ぼくらは見えている海に向かう 海は青さを増していて 濃度の高いその色は どうしたってぼくらを惹きつける ドン、ト、マインド! 小さなことなら今は気にしない! 今は! まろやかな歌声がなぞる歌詞に重ねて ぼくらは笑うように一緒に歌う。 ドン、ト、マインド! そう、今は!