【味読感想:日本酒大吟醸、塩を肴に】アーネスト・ヘミングウェイの新訳老人と海:0041
冷たくキレのある日本酒を、荒塩をひとつまみ口に含みながら味わう。
もっとも僕はあまり日本酒に詳しくありません。大吟醸も、字面が格好良かったから思わずカッコつけて書いてしまっただけです。すみません。
でも、今夏刊行された【新訳:老人と海】に、なぜか僕は日本酒の味わいを感じたのです。
僕がキューバに住んでいてラムやテキーラをたらふく飲んでいたら、そちらのお酒の味を感じたかも分かりません。
ただ日本に生まれ、日本に育った僕なりの感想として、キレがあるのにふくよかで、飲めば飲むだけ奥深い日本酒になりました。
塩を嘗めながら、じっくりゆっくり味わうひと時。
84日の不漁、少年との穏やかな時間、船出、巨大カジキとの死闘、サメからの退避と格闘。
一連の出来事が淡々と描かれていく。
その描写はしんと静まった水面を思わせます。
石でも放り込めば、ぼちゃんと波紋が立つ繊細な水面を、どうにか息を整え、決して波立たせないように書き切っている。
あっさりした文体ですが、捉え所がなくて飲み加減を間違えると、酔いの渦に呑まれてしまう。
「このシーンが!」という切り取りがどうにも難しいのです。
文章量としては短い小説ですが、一読するのにかなり時間がかかりました。
小説の奥深さに呑まれないように、物語と間合いを取って慎重に読んでいく必要があったのです。
読み切ったとき、穏やかな胸の高鳴りと、老人と同調してしまったかのような疲労を感じました。
正直、この話はまだ僕には読み切れるものではありませんでした。
…サメに追われ、追いつかれてからは特に、胸がかきむしられる苦しさがあり、まだこの強かなお酒を飲み干せないとも思いましたが、書けるところだけ、感想にしたいと筆を取りました。
今後読んで、飲めたと思った時に、また書けたらいいなと思います。
【老人の支え】
なんとなく読む前のイメージは、無骨でとっつきにくい海の男一人を書いた作品のように感じていましたが、老人は孤高であるけど孤独ではないのですね。
カジキとお互いの命を賭けての駆け引きの折も、心を休めるために自分を慕う少年へ思いを馳せたり、腕相撲で一昼夜戦い勝った栄光を思い出して己を励ましたり、自分を変わり者だと称しても、漁師の世界とも趣味の野球の世界とも、愛して付き合っていたのです。
その付き合いが、たった一人の海上で老人の支えになる。
睡眠もかろうじて2時間、少しでも気を緩めたらカジキに網を切られる、下手をすれば海中に引き込まれて死ぬような状況で、心が張り詰めて切れなかった。
老人の陸での生活、その愛着がここまでの静謐な精神を保たせたのだと感じました。
【生きていくから殺す】
夜、老人はカジキを殺す事に思いを馳せます。
p79:だが、万が一、太陽を毎日殺さなきゃならんとしたらどうだ。
ここでの老人の心の動きは是非読んでもらいたいです。いや、動きと言っても、ここでも老人は感情を揺らさない。淡々と考えます。
僕らは生きて、食べていくから生き物をころす。
堂々と風格ある魚を食べる資格を持っている者などいないにも関わらず。
いざその事実に辿り着くと悲しみや罪悪感で脚色してしまいそうになるこの当たり前を、凪いだ思考で訥々と考える。
『こういうことはよくわからん』としめくくられ答えを断じない。
この答えを見つけて断じてしまう事は人間らしさをひとつ失うような気がして、僕はとても怖かった。
老人の、人間らしい弱さに救われた気がします。
…今、書けるところはここまでです。
文庫には訳された方の解説、翻訳メモ、年譜があり、またネットでも
【リンク:ほぼ日、老人と海を新訳で読む】
と解説があります。まだまだこの海は果てしなく、酒の味は奥深いようです。
僕の感想はここまで。
何年か経った時に、より深い味を感じられたらと思います。
自由研究をしないと死んでしまう性分なので、不思議だな・面白いな、と思ったことに使わせていただきます。よろしくお願いします。