その先に見える景色はどんなものなのだろう
某アニメ視聴を通して「ヒトリノ夜」は存じていたが、バンドとして「ポルノグラフィティ」を認識したのはお二方が36か37歳の時分だったと記憶している。
とある雑誌にて年代別好きなアーティストランキングで10代部門で1位で昭仁さんが「10代のみなさんから力をいただいていることに驚き、そして感謝の気持ちが溢れています」というようなことをおっしゃっていたことが印象に残っていた。
それは自分たちの力だけではここまで来れなかった。聴き手ありきのことである。聴き手だけではなく自分たちの鍛錬の成果でもある。その事実と均衡を把握しているから出た言葉ではないかと、今考察する。
そこからCDを購入したこともあり、雑誌で見かけてはそのライブレポートを読むことがあり、ある公演で「わしらは幸せ者じゃけえ」と観衆に告げていたという記事を読んだこと、その数年後偶然にも観賞した映画「食堂かたつむり」にて柴咲コウさん演じる倫子が自転車を軽快に走らせる場面で流れる「旅せよ若人」の昭仁さんの歌声を聴いたこと、原作を読みたくなり手に取った際に以下の昭仁さんのコメントに心が温かくなった。
ポルノグラフィティを見ている一方、昭仁さんを自然と目で追っていた。
その後ポルノグラフィティファンだった方と交流したことからDVD、CDを拝借、ライブへの参戦にて楽曲、ライブパフォーマンスを知り、消耗というよりむしろライブが佳境に向かうごとに体力と声量が増幅されているのではないかという動きと声の張りと艶、心の熱量に驚愕した。
自身の状況を俯瞰し冷静に分析する姿勢、過去のことを引き摺るのではなく踏み台にして抱えて進んでいく心持ち、朗らかで温かく、暗くなりすぎず明るくなりすぎずの境地、揺れ動く心情、転んでもただでは起きぬことは世を生き抜く術だと表現する力はもちろん、惹かれたのはそのお人柄であった。
視聴者、観衆、スタッフさん、周囲の方々への温かさ、心遣いが、気持ち、言葉を飾ることなく自然と表す姿勢が素敵なのだ。言い表すことが畏れ多いほどである。
先日、1年ぶりにポルノのライブに参戦した。四半世紀ポルノグラフィティとして歩んできたこと、その間各々で活動して個性を磨き上げ、力を充電してきた期間の1つの集大成を見ることができた気がした。
想像ではあるが、因島という小さな離島で多感な時期を過ごし夢を見て「今」から抜け出したいと嘆願したり悶々とすることもあれば、その「いつか」のために力を蓄える日々に心を踊らせたこともあるだろうし、その日が来て飛び出して、現実の厳しさに艱難辛苦を舐め挫折を目の当たりにした日々、それを上回る喜びや嬉しさに満ちた出来事、もっと先へ行きたいとさらに進む覚悟を決めた日々があったのだろう。それは自分たちの力だけでない。周囲の人々、聴く人々がいるからだということを決して忘れていないということが、昭仁さんの歌声、ステージを駆け巡る姿、発する一言一言に凝縮されているように見えた。
益々ポルノグラフィティが好きになったことは当然、岡野昭仁さんへの尊敬が深くなった。
この先どんな道を切り拓くのか。その軌跡をぜひとも拝見させていただきたい。
25周年おめでとうございます。ありがとうございます。
そして、これからもありがとう。
ライブ終演直後に叫び続けた「ありがとう」の中にこの文言を精一杯込めていた。
(後記)
ここからより主観的な文である。
数年前、noteを始めた頃に岡野昭仁さんへの想いをしたためた記事を作ったのだが、どうも腑に落ちずで削除した。が、今回1年ぶりにライブに参戦したことを機に改めて綴ってみることにした。
この1年は落語に予想通り没入し、講談にも手を出して心酔する日々を過ごしていた。単にチケットが落選続きなこともあり、では演芸の方面を楽しむかと切り替えたのも理由である。ライブも再開したのでこれからより好きなことが濃くなりそうである。
話を戻そう。
言葉遣いが古典めくかなあなんという予想をしたが、その予想は愚直であった。
言葉遣いというのは、日々の鍛錬と生まれ持ってしての性質があるのかもしれないと考えた。
ここまで目を通してくださった皆様。長々とお付き合いくださりありがとうございます。