バルトロメイさんのこと

2005年11月12日土曜日、羽田から飛行機で福岡を目指した。道中どんなだったかはまるで覚えていない。前もって花束を4つ作ってほしいとメール注文した花屋へ寄り、そこそこ大きな袋を持って北九州市内のホールへ向かった。

目当ては1年半前に突然夢中にさせられたウィーン・フィルのヴィオラ奏者エルマーだったが、聴きたかったベートーヴェンの弦楽三重奏曲op.8のセレナーデでエルマーとバルトロメイさんが可憐に付点の旋律を奏でたとき、二人の音楽性に脳内麻薬がどばっと溢れて脳内絶叫していた。
この日1日だけのトリオを組んでいたN響のまろさんは北九州が地元。当然、観客は多くのまろさんファンやお知り合いで溢れていたので、終演後にまろさんが楽屋を開放してくれることになった。

まさかの「渡りに船」。

エルマーとバルトロメイさんは共に「ウィーン・ヴィルトゥオーゼン」というウィーン・フィル団員を中心に組まれたユニットのメンバーで、その年の11月には日本ツアーが予定されていた。2005年は同ユニットの結成10周年に当たる記念の年で、各奏者が一人を除いて全員ソロ曲を演奏する特別仕立てのプログラムで日本各地を巡るツアーだった。バルトロメイさんは北九州国際音楽祭でのまろさんとのトリオのために、一足先にエルマーと共に来日していたのだろう。
渡りに船に勿論乗って楽屋へお邪魔し、トリオとピアニストにささっと花束を渡して、素晴らしい演奏だったので思わず「3000円は安すぎです」とまろさんに言ったのを覚えている。

さて、重要なのはここから。なにがなんでも「危なさは全くない質のいいファン」としてエルマー本人に認識してもらわねば、という使命を自分に課して北九州までやってきたのだから。
当時ヴィルトゥオーゼンの招聘をしていたエージェントは、どうも詰めの甘さがある事務所だったようで(のちに倒産!)、肝心のエルマーが弾くソロ曲についての情報があやふやなままだった。直接事務所にメールで問い合わせもしていたが、どうにも埒があかない。そういう状況でエルマーと会話する機会が巡ってきてしまったので、「あなたはソロを弾くの? エージェントに問い合わせてもよくわからなくて」と尋ねるはめになってしまったが、会話のネタがあるのは追っかけ初心者にとって好都合だったと言える。

「もちろん弾くよ。群馬と東京と大阪」
そうなのか。じゃあ、群馬と東京(王子ホール)のチケットは押さえてあるから聴けるんだ。
この時点では他にオペラシティと茅ヶ崎公演も行く予定で、「ヴィルトゥオーゼンは4回聴きに行きます」と言うと、傍らにいたバルトロメイさんが「4回も? 大ファンなんだね」とニコニコしてくれた。
後から思い返すと、私がエージェントに問い合わせたやり取りに関してエルマーは気にしていたようで、トリオ公演後、それについてバルトロメイさんとも話をしていたのではないかと思われる。

実際に念願だったソロ曲(ブルッフのクラリネットとヴィオラのためのコンチェルト)を目の前で聴けたときの感動は、どうやっても言葉にできないほど素晴らしいものだった。よくぞクァルテットを聴いただけで、この才能と私好みであることを見抜いたぞ、私。しかも、コンサートホールではなかった群馬公演ではいまひとつに感じたものが、王子ホールではここまで別物になるのかというほどの出来だった。「あなたの演奏が一番好き」とコクった私が目の前の席にいたからこんなに素晴らしく弾いてくれたのか、と己惚れてしまうほどの演奏だったのだ。音楽を聴いてあれほど幸せが体中に充満したことはなかったのだから、感動という語すら陳腐に感じられるほどであった。
長年のウィーン・フィルファンとして、ファンの間のみならず団員さんたちにも知られ愛されている佐々木フォルカーさんも、王子ホールでのブルッフを「白眉」と綴っている。興味のある方のためにフォルカーさんの昔のブログをリンクしておこう(11/22のところ)。
http://www2.airnet.ne.jp/naoya/dabun0511.html
ちなみにフォルカーさんは、突然エルマーのファンになり「とにかく集められるだけの情報を収集したい欲の塊」になっていた私からの不躾なお願いにもかかわらず、エルマーの入団時の記録を日本ウィーン・フィル友の会会報から探し出して画像化し、メールで送ってくれた大変親切な方である。足を向けて寝られないお一人だ。

オペラシティ公演の後にはメンバー達の移動も電車だったので、車内でエルマーと話すことができたのだが、驚いたことに「大阪公演も来たら? シンフォニーホールはいいホールだよ」と言ってくれた。当時の私には、なるべくたくさん聴きたいけれど追っかけすぎてクレイジーなファンだと思われたくないという逡巡があったが、一方のエルマーはきっと、福岡まで来た人なら大阪にも来られるよね、と思っていたのかもしれない。折しも大阪公演は11/23の祝日。「チケットがあるか、ホールに問い合わせます!」とツアー最終日でエルマーのソロもある大阪公演に行くことを、その場で私は決めたのだった。

シンフォニーホールではエルマーのソロ演奏中、とにかく涙がぽろぽろとこぼれてしまって、ホルンのイェプストゥル氏がちょっと怪訝な表情をしていたような気がする。彼の歌い方がめっぽう琴線に触れて響くのだ。平たく言うと、やたらに好みの弾き方・響かせ方。ダウンボウひとつでノックアウトされてしまうのは、19年経った今でも変わらない。
そんな胸いっぱいの状態で出待ちもしてエルマーと話していたら、バルトロメイさんが表れて笑顔で私に聞いてくれた。

「彼のソロは何回聴けたの?」
「3回(=全部)です」
「そうか! それは良かった😊」

こうしてバルトロメイさんが「追っかけてでも何回も聴きたい」という私の思いを100%肯定してくれたおかげで、追っかける私は遠慮しなくていいのだと自信がつき、追っかけられるエルマーも警戒心なく受け入れてくれる状況になれたのだ。

あの時のトリオのチェリストがバルトロメイさんでなかったら、私の追っかけがするすると軌道に乗る発進にならなかったかもしれない。
バルトロメイさんが突然天に召された報せを聞き、思ってもみなかった喪失感を覚えながら、あの時の暖かい思い出を記しておきたくなった。

#フランツ・バルトロメイ
#ウィーン・フィルハーモニー


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