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1 はじめに

Snowcafe店主の渡辺です。専門分野は土木工学で、研究テーマは道路に降り積もる雪を融かしたり、浄水場で飲料水を作ったり、普段はそんなお仕事をしています。流体工学と伝熱工学を応用して、熱と流体が同時に移動する現象を取り扱うのが、比較的得意です。じゃぁ、「何故に、博士がシフォンケーキ?」という疑問は大変良い着眼点です。実は、シフォンケーキ生地とは即ち流体であり、オーブンで焼くとは即ち伝熱工学の守備範囲です。本職の知見を生かせば、シフォンケーキが上手に焼けることに気がつきまして、週末にせっせとシフォンケーキを焼く実験を繰り返した成果が、この書籍です。換言すれば、これは研究論文です。これまでに知り得た知見を分かりやすく解説するのが本書の目的です。
 本書を書き始めたきっかけは、友人のサプライズ・パーティーに準備したシフォンケーキ4台が、ことごとく底上げした大失態でした。この原因は、冷蔵庫から取り出した卵を使った事にあったのですが、私にとってはシフォンケーキの根本を、始めから見つめ直す最大の出来事でした。皆の期待に応えられなかったあの失望感は、今でも忘れられません。 そもそもシフォンケーキとの馴れ初めは、生クリームが苦手な娘に「ケーキは焼いて作るモノだ!」と言うことを、実演しようと思ったのが始まりです。しかしながら、道は険しく、型抜きが出来るレベルとなるまでに約一ヶ月を要しました。そして、失敗を繰り返しながらも、私は卵、粉、油、砂糖および水の熱化学反応に、大いに魅了されたのでした。
 シフォンケーキの魅力は、第1にシンプルな材料構成にあります。「卵・粉・油・砂糖・水」たったそれだけです。高価な材料が無くても、ご家庭で楽しめるのは大切なことです。第2に、オーブンの中で型に収まった生地を何倍にも膨らますあのドキドキとワクワク感は、シフォニストだけのお楽しみです。オーブンの中で育ちゆくシフォンケーキから目が離せないのは、私だけではないはずです。第3は、型抜きの難易度の高さです。上手にメレンゲができても、上手に焼けても、型からの取り出しにしくじっては台無しです。そんな訳で、私はシフォンケーキの専用ナイフまで作ってしまいました。
 本書は、私のレシピの説明書ではありません。その様な類書は、すでに巷に溢れています。私がここに取り纏めたのは、シフォンケーキを作るために必要な理屈です。これからシフォンケーキを焼こうという人と、度重なる失敗に心痛めている人達への救いの書です。シフォンケーキの理屈が理解できれば、自由自在に貴方好みのシフォンケーキを焼き上げることが出来ます。アレンジ・シフォンケーキだって、思いのままです。しかしながら、同じレシピを使っても、同じ道具を使っても、オーブンが変われば、混ぜる人が変われば、焼き上がるシフォンケーキにも違いが生じます。その人の特徴が必ず現れ、同じ物を作ることは出来ません。ここでは、「貴方にしか焼けないシフォンケーキ」について、これから分かりやすく解説していきます。食べた人に「美味しい!」と喜んで貰える、そんなシフォンケーキが焼ける事をお祈りします。

Snowcafe 渡邊 洋

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