卒論出した。

※他の同期の特定等防ぐため、具体性を削いで書いている部分があります。ご容赦ください。

23日、卒論を教務に提出した。

卒論題目は、「方言保存活動が醸成する話者の学びの機会」にした。
「方言保存活動が醸成する話者の学びの機会にかかわる研究」と迷ったけど、こっちにした。

方言の保存といっても記録と継承に分けられるけど、継承のためには話者自身が方言についての理解をしていることが要となってくる。その理解のための場ってどうに紡がれてるのか…?
みたいな論。
あとは、口頭試問(卒論発表会)に合格すれば、「卒業論文」は合格になる。

普段は”卒論発表会”って言ってるけど、考えてみれば口頭試問。
まだまだ、気は抜けない。
というか、製本してから誤字脱字をそれなりの数見つけてしまったし、まだ書き足した方がいいことがあったので、提出しても加筆修正してるくらい。

とはいえゼミナール(研究室)に一区切りついたので、入ゼミのきっかけと卒論のテーマを選んだ経緯を振り返ろうと思う。
まずは、入ゼミのきっかけを。


はじまりは、大学2年次に進級する春休み。
まだ1年生だったのか、それとももう2年生になっていたのかは忘れたけど、春休みだった。
所属している #0号館 の先輩に、0号館の先輩でもあり、ゼミも一緒の先輩がいた。
その先輩に、呼ばれた。


先輩「しふぉんちゃん、ちょっと来て。」
わたし「合説のことかな?」
(当時、わたしは新入生向けの学生団体の合同説明会を進める上での責任者をやっていた)


呼ばれて、2階に行くとゼミの先輩が4~5人はいた。
たしか、用があって使っていたんだと思う。
そこで、言われたこと。


しふぉんちゃん、うちのゼミ来ない?

衝撃だった。

だって、その先生の講義、1年生の前期取ってCだったんだもの。
ちなみに、先生の講義はあと2つあったのだけど、どっちもCだった。
じぶんの専攻であるはずの講義でCしかとれなくていいのか。

正直、悩んだ。
当時、関心があったのは「市民育成」だった。
行政だけ頑張ってたって、市民が何もわかってなきゃ意味がない。
学校教育を終えた市民に「教育」する場があったらいいのに。って。
今思い出すと恥ずかしくなる。
ひとを変えようとしかしていない。

うちのゼミには似つかわしくない。寧ろ向いてない。

他のゼミも、見た。
学問分野が違うのだから当たり前なんだけど、やっぱり違うと思った。
そして、今の指導教官の研究室へ訪問した。
関心のある分野とか話して、言われたひとこと。


君は、うちのゼミじゃなくて、
Mゼミの方が向いてると思う。

定員オーバーになって、面接になったら落ちるよ。

ちなみにMゼミは社会保障のゼミ。


言われたのは、ゼミのES提出締め切り5日前。
ここにきて言われることではない。
焦った。

ちなみに、その時研究室訪問に行っていたのは、今のゼミと、もう一つだけ。

5日前だと、今からアポ取っても締め切りに間に合わない。
どうしよう。 

悩んだ。

向いていると言われたMゼミの先生にもアポ取った。
(結局今のゼミに出すと決めて、訪問しなかったのだけど。)

そんな中、0号館の先輩とご飯に行った。
うちの大学の学生御用達の、台湾料理屋。
たまたま、わたしに声をかけてきた先輩が、同期の方と一緒にいらしてた。

「しふぉんちゃん、ちょっと来て。」

また、呼ばれた。
声かけてきた先輩含めて、4人いた。

その後は、大メンタリング大会。

学生団体2つやったりバイトしたりしてる中、ゼミと両立できるか不安、とか話した。

いくら、しふぉんちゃんのやりたいことと、先生の方向性が違っても、うちのゼミじゃないとできなさそうだね。

とか、

バイトは減らしたりすればどうにかなるよ。

などアドバイスもらった。


このゼミに出してもいいかもしれない。
そう思い始めてきた。

でも決心はつかない。

ゼミの希望調査を書く時、志望動機も同じ紙に書かなきゃない。
誘ってくれた先輩に添削をお願いした。

いざ、志望動機を書いてても迷う。
締切当日。
あまりの志望動機の書けなさに授業を自主休講して、書いた。

締切ギリギリ、20分前。
教務に出しにいった。

ほんとうに、このゼミになってやってげるのかな。

そもそも、倍率いくつよ。

モヤモヤはつきない。


「どうやら、定員ぴったりで応募が来たらしい」と聞いた。

まじか。いやでもほんとか?もしかしたら落ちるのでは?
考えはめぐる。

そうこうしているうちに、ゼミ決定(1次)の日。

確認するのは、掲示板。

掲示板に、ゼミ決定の紙が貼ってあって、受かってたら、出したゼミのところにじぶんの学番が載っている。

息をのんで、掲示板をみる。




わたしの学番があった。

うれしかったのか。そうでなかったのか。覚えていない。

でも、今のゼミに入ったのである。




こんな入ゼミ動機だったことも、卒論のテーマ選びに関係した。
卒論で書いたらおもしろそうなテーマ、書いてみたいテーマはいくつかあった。

大学4年生になる春休み。
4年の演習が始まる前に、集まったわたしの同期の卒論のテーマについて話した。
わたしは1つに絞れなくて、6個くらいテーマを持ってった。
方言もテーマにあった。
その時は、方言と地域に対する愛着心っていう切り口だったけど。
レジュメにしなかったものもあったから、もうちょっとあったか。

その中のある1つが、同期と被った。切り口は違ったけれど、大きなテーマが一緒だった。

わたしにとって、許せないひとことが書いてあった。
そのひとにとっては、ごく軽い考えだったのだろうけど。

このひとと同じテーマ扱うの嫌だな、
と率直に思った。

ちなみに、じぶんのテーマについても言われた。

「方言と愛着心だと難しいだろうけど、
方言保存活動とかに着目したら面白いかもよ」
って。


4年生になった。
うちのゼミの4年の演習は、先生から指名されて発表するのではなく、進めたいと思うひとが自主的に発表する。
じぶんの発表をすると決めた日。
その時も、何についてレジュメをつくるか悩む。
あることについてレジュメをつくった。

そしたらなんと、同じような方向性でレジュメをつくった同期がいた。
扱う場所とかは違ったけど。

同期内で方向性似てる論文書くのもなんか嫌だな、と思う。

思ったはいいが、さて、何について書こうか。

実は、もともと子どもの頃から方言は好きだった。

大学選ぶとき、もともと今の大学に決めてたけど、
うちの地元の文学部で方言の勉強ができると知って意表をつかれたこともあった。

今の大学に行って、教養科目に「言語学」があった。
扱うのが方言と知って、取ったこともあった。
ちなみにこの言語学はAかBだったのだが。

せっかく大学来てるんだし、誰も書かないようなテーマで書いた方が面白いよね。いかにも研究っぽい。

じぶんの好きなこと突き詰めたいよね。

そういえば、わたし、入ゼミの時、うちのゼミじゃないゼミの方が向いてるって言われた人間だった。
そんな人間が、うちのゼミに来るようなひとがよく扱うテーマで卒論書いても面白くないよな。
せっかくなら、後にも先にもうちのゼミに来るようなひとが誰も書かないだろうテーマで書きたいな。
1期生から卒論集ざっとみたけど、方言で書いてるひといなかったな。
今の同期も、これからの後輩も書かないだろうな。
後輩が書かないっていう保障はできないけど、
もし後輩が書いたら先行研究として使ってもらえればいいか。

せっかくなら、子どもの頃から好きだった方言で書いてみよう。

方言、と言ってもいつも同じ切り口ではなくて、演習でレジュメ出す度少しずつ切る角度は変わっていった。

ただ、方言って「言語学」の視点で書かれてるものが多かった。
言葉そのものに着目すると、うちのゼミらしさはなくなってしまう。そもそも専門じゃないし。
他にどんな観点があるのだろうか。

論文読んだり、本読んだりしたけど、なかなか糸口が見えてこない。

「方言保存活動」をテーマにした論文ってそんなになくて、このことで最後まで苦労した。
先行研究のない分野で論文書くのって大変なんだなと実感させられるのである。

ただ、ヒントが見つかった。

「これまでの”保存”は”記録”が大きく占めてたけど、”継承”もある。”記録”だけじゃ”継承”できないけど、”継承”のためには、話者が方言について共通理解を持ててる必要があって、そのためには話者が方言について学べる機会が必要なんじゃないか」っていう、論があった。

詳しく知りたいひとは、「方言を救う、方言で救う 3.11被災地からの提言」を読んでほしい。

この切り口、おもしろそうだな。
テーマはうちのゼミらしくないけど、中身はなんかうちのゼミらしい。

ということで、このテーマにした。
先行研究全然ないし、事例調査で取り上げたい事例を見つけようとしてもそもそも方言保存活動自体がひっかからないし、大変だった。
実際同期に比べて事例研究は弱い。先輩に比べても。

心折れそうになったこともあった。
他にも興味のある分野もあるから、このテーマでいいのかと悩んだこともあった。


卒論かいてる中で、夏休みから10月くらいまで気分を全然立て直せなかった。ほとんど手つけてないんじゃないかってくらい。
提出1ヶ月前、同期が論文書き始めるゴーサインをもらった。

(うちのゼミはぎりぎりまで”論文”としてではなく、”レジュメ”として演習に出す。なかなか論文を書かないひとがいきなり書くのは大変だから、という先生の考え。)

これはやばいと、やる気に火がついた。


そこからは、薪も杉の葉も、たくさん投入されたと思う。


こうして、卒論を書き終えた。
モヤモヤしているものはたくさんある。

文献、果たして当たれているのだろうか。

世の中にまだ文献がある気がする。

先に紹介した本は、論文書くうえで大変お世話になったけど、それだけに頼って論文を書いたんじゃないだろうか。

ほんとうに論文なのか。研究なのか。写し文じゃないのか。じぶんの考察大して入れてないぞ。ほぼ引用なんじゃないか。いくらなんでも引用だらけはやばくないか。これじゃ論文じゃなくてレポートじゃないか。なんか、論文っぽさがない。

後輩には、高校生の時からうちのゼミ入りたくて大学選んだひともいるけど、その後輩はわたしの卒論見て失望しないだろうか。
先生は、方言についての先行研究(言語学的側面での)の整理を褒めてくださったけど、なんとなくこれでいいのかわからない。

でも、今胸を張って言えることがある。

このゼミを選んでよかった。
先輩に誘ってもらえてよかった。先生の言葉無視してよかった。(どんな文脈だと思われるだろう)
このゼミで、社会教育・生涯学習のゼミで、方言をテーマに卒論を書いてよかった。
卒論のテーマに、わたしが子どもの頃から好きだった方言を選んでよかった。

方言を、方言保存活動を、方言保存活動がつくる話者の学びの機会を、テーマに卒論を書けたのは、今のゼミを選んだから。

先輩が誘ってくれなかったら、そもそも先輩と出会ってなかったら、
今のゼミ選んでない。
そしたら、卒論のテーマは方言じゃなかった。

誘ってくれた先輩も、大メンタリング大会をしてくれた先輩も、変なこと言っても話を聞いてくれた先輩もいなかったら、今のわたしはいないのだ。

13期がいたから、わたしがいる。
1期上の先輩が、13期でよかった。
社会人入学で、院進したいなって思ってるけど、
きっとこのゼミを選んだから思えてる。


振り返って、文にすると色々なことがあって、色々なことを思って来たんだと気づいた。
入ゼミのきっかけと卒論の振り返りで4300字くらい書いてるほど。

口頭試問が終わったら、もしくは卒コンを開いてもらったあと、振り返りをしてみようか。
今度は、ゼミ生としてのわたしの振り返りも含めて。

口頭試問、後輩の憧れを壊さぬように、そして新たな憧れを生めるように、がんばろう。

なお、先ほど紹介した本の紹介は下記のリンクに代えさせていただきます。

http://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-640-2.htm

(ひつじ書房のHPより)

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