3|栗拾いと巡るもの
物件を紹介してくれた大家さんと栗拾いに行った。
大家さんには集落の何でも屋という顔があり、住んでいる人たちからいろんなことを頼まれる。
集落のある谷戸の杉林をのぼっていくと、抜けた先にまた谷戸があって、田んぼがある。その脇に、何十年も前に植えられた栗の木がある。「自分では収穫しないからもらってよ」と栗の木の持ち主に頼まれた大家さんが、私と娘を誘ってくれたのだった。
栗拾いのタイミングは、天気とイノシシとのせめぎ合いになる。さいわい台風はそれて、イノシシも数日では食べきれない量だったみたいで、栗の木の下にはイノシシが器用に食べたあとの抜け殻になった鬼皮が少しと、まるまる肥えた栗の実がたくさん落ちていた。イノシシは、あの出っ張った鼻のある顔で、どうやってうまく皮をむいて、中身だけ食べるんだろう。
人間のわたしたちはひとまず、落ちてるやつはそのまま、イガに包まれてるやつはぐりっと中身だけ、むしるように採る。子どももトングをつかってひょいひょいカゴに拾っていく。かなり楽しんでいる。
わたしたちが食べる栗の実とは、栗の「種」であるらしい。種はイガの内側の、ふっくらしたお布団に包まれるように、3つ並んで入っている。お布団は白くて、弾力があって、とても気持ちが良さそう。
毎月生理で流してるお布団て、こういうことだよね。
あのトゲトゲと攻撃的で凶暴なイガの内側には、こんなに白くて温かい気持ちになるものがある。結実した種を守るお布団との遭遇に、しばし、ほーっとなる。
とはいいながら、手は容赦なく布団から種をむしりとる。すると上から、カーンっと落ちてくる毬栗の攻撃を受ける。栗拾いに帽子は欠かせないんだなあと思いながら、手はどんどん栗をむしる。
白や黒の小さな幼虫がぶわっと湧いていたり、小さな穴からほとんど中身が食べられていたり、虫の住処になっているものは地面に戻す。ふっと顔をあげると、針葉樹の良い匂いがする。黒い揚羽蝶が飛んでくる。小さな茶色いカエルがぴょんと跳ねる。手の甲に蚊がとまる。いろんな虫が飛んでいる。枝の間に立派な蜘蛛の巣、大きな女郎蜘蛛。
生態系のなかにある場所だから、土が豊かなんだろう。植えっぱなしで何も手入れしていないという栗の木の実は、ほんとうに大きくて立派で、約1時間半で10キロくらいの収穫になった。
採集をすると、こんなにもらうばかりでいいのかなと思う。ありがとうございます、と手を合わせる。もらうばかりで大丈夫なのかと、不安にもなる。
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たぶん、大丈夫ではないよね。普段はお金を使った「交換」をしているから感じないけれど、自然の実りは土中の栄養(という言葉が正しいのかわからないが)が結実したものだから、実をとるなら、とったぶんを返さないと、栄養は流出する一方になってしまう。
イノシシは中身だけ食べて、鬼皮はその場に置いていく。そしてまた別のどこか土の上でフンをする。土の上で死ぬ。その全部が土に還って、土が命を育んで、それがまた別の命の栄養になって、循環する。
人はその循環にのってない。毎日身体から出てくる分身は水に流している。息絶えた身体は骨にして、がっちりと何重にも囲って、あえて循環から隔離しているみたいだ。そもそも循環にのってないことにも、わたしは最近まで気づいてなかった。
採集する時の申し訳ない感じ、そして、ゾクッとする感じ、いつか逆に持ってかれるんじゃないかって怖くなる感じは、たぶんすごく重要なものだ。
この「ゾクッ」を忘れないでいたい。
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