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それでよかったんですよ、なんて簡単に言えない。

↑好きで読んでる、朝日新聞デジタルの、大平一枝氏がいろんな人の家の台所から見える景色を教えてくれる記事。

是非読んでください。

今回の記事は心に刺さった。

一つは、80代独居の男性。「大変だな」ってひとくくりにしてはいけないということ。
そして、彼はずっと介護してきた妻の最後を「あれでよかったのか」とずっと考え続けている。

宗教本も読み漁り、彼女の希望に添っていたのか、どうか。

医療職だけが分かっていてもいけないこのエンドオブライフの捉え方。

筆者はずっと悩み続けている彼に「それでよかったんですよ」と簡単に言えないと語っている。

さて、医療現場で嫌でも意思決定支援の場に立ち会うことが多い私たち。
たかだか一つの研修を受けたから、他の人より少し勉強しているから、「医療職だから」「在宅を知っているから」だけで、分かったつもりになってはいけない。
「正解はない」と、いう人はいます。でも、「正解はない、だから苦しい」ということまで「本当に」理解して伝えているのでしょうか。

「正解はない、だからあなたはそれでよかったのですよ」とその道の達人に物知り顔で言われたら、私は、多分深く傷つくと思う。だって今までのことなんも知らないでしょ?と。

母を亡くした後、いろんな人が励ましてくれました。
本当に私はなんて幸せなんだろうと思いました。
途中途中でも、具体的に助けていただいて、私が十分母のところに行けるように
手伝ってくれた人がたくさんいました。
家族にも救われました。

何年も経って、その道のプロみたいな人にも話をしたことがあります。
その人が「正解」を探っているような気がして、少し傷つきました。
「いいことを言おうとしている」感じがしたんです。
それより側で手を握ってくれた、看護師さんに心を癒され泣いてしまいました。

別の機会に、私はグリーフケアの話を、「これでいいのかなと迷いながら話している」と言いながら講義された、あるホスピス医の話にとても癒されました。
講演の後、私の体験談を話した時に、「医療職でそして、娘で、辛かったでしょうね」とただそれだけを言ってくれました。
「僕はまだ何もできてないなあ、と思うのです」とも。

現場にいるその人のことや活動を、応援したくなるのです。
そのことは、また今度話そうと思います。

私たちは、「分かったつもり」になってはいけないと思います。
どこまでも謙虚に「わかろうとする」ことを諦めてはいけないと思います。
そこで悩み、苦しんで、情報を共有しつつ、前に進まなければなりません。

今、教育支援をしている病院に来て、患者さんにとって何がいいんだろう、
と真剣に、悩んでいるスタッフを見ながら、
一緒に悩めることに対して、感謝しています。

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