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辻邦生『安土往還記』

以前、母に連れられて行ったカフェのオーナーが辻邦生の妻、辻佐保子の実弟だった。オーナーの奥様に「義兄の本です」と言われて、てっきり義兄の蔵書だと思ったら義兄が書いた本だったのだ。それ以降気になりながらも読んだことがなかった(高校の教科書に載っていたかもしれないが、忘れてしまった)。

『安土往還記』は、架空のジェノヴァ人水夫の日本滞在記録(友人への長い書簡)の翻訳という体裁を取る。ジェノヴァで妻と妻の情夫とを殺害した後、自らの生き方を常に正しいものであると、信念を貫くために生きてきた男。スペイン植民地での傭兵生活などを経て、戦国時代の日本にやってくる。宣教師たちと行動を共にしながら、あらゆる人から恐れられるシニヨーレ「大殿」織田信長と出会い、合理的なものを愛し、「事を成す」ことを何よりも評価する大殿に魅了されていく。1570年に日本に到着し、信長の死後一年後、1583年に日本を離れるまでの日々が綴られる。

歴史上の人物を主題にした小説ではあるが、いわゆる時代小説になじみのない私でも読みやすい。一つには、あくまで異邦人が個人的に共感し、心酔した人物として信長を描いているからだと思う。なんとなく、サラリーマンがまねしたいイノベーションの鬼としての信長、とかの描かれ方が嫌なのだ。異邦人から見た信長としては、1992年の大河ドラマがルイス=フロイスからの視点で描かれていて、訛りのある日本語のアナウンスが話題だったような気もするので、出版当初はともかく、今はそこまで新鮮な描き方ではないのかもしれないが。

留学経験もあり、フランス文学を研究していた人ならではの、信長像でもあると思うので、外国人が読んでもとっつきやすいのではないだろうか。英訳もあるらしい。

2018/05/30

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