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人喰いデジタルサイネージ(短編小説)
みずきは、自分の背丈もあるその動画、デジタルサイネージの表面をタップした。
すると、みずきの身体はフラッシュのような眩い閃光を浴びたかと思うやいなやその場から一瞬で消えた。
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11月に入り、昨日までハロウィンだっだはずの街の色は、クリスマスにあっさりと色を変えた。
「せっそうないなー」
その街の移り気の早さに、みずきは面白くなさそうにつぶやく。
きのう、みずきの勤める保育園では、ハロウィンイベントがあった。仮装の準備やお菓子の準備、当日の進行など、先輩にお尻を叩かれまくってやっと終わったとホッとしていたのに、休むまもなく今度はクリスマスの準備かー、とまた忙しい日々を思ってウンザリした。
今日だけは、自分の趣味である、押し活に身も心も捧げて癒されたいと思っていたのに、街に出たらクリスマスの飾り付けが目に入り、忘れていた日常を思い出し、横槍を入れられたようでうっとおしかった。
しかし、みずきがそれでも街に出たかったのには理由がある。推しが映ると評判のデジタルサイネージを見に来た。
みずきが足をとめたのは、自分の背丈ほどもある、その推しの才木アオトが映るデジタルサイネージの前だった。
商業広告が、紙媒体から電子主導に変わりつつある。その大きな役目を担うデジタルサイネージ。
いまや、その電子広告は街の高いビルの外壁の大きなスクリーンに映し出される動画だけではない。
小さなポータブルタイプのものから大きなものまで、街中の、店舗の中の、店舗の前の、いたるところに置かれるようになった。
その動画を映し出す画面は時には広い場所での案内役を、時には広告となり商品を紹介する。
広告を表示するだけではなく、見せられているわたしたちからのアクションも起こせる。その画面はタップすれば、行きたい場所を提示してくれ、気になる商品を絞りこんでくれた。
また、そのタップした情報は即時にデータとして蓄積され、マーケティングの情報としても利用することができる。
今後は、紙の広告が電子になっただけではない、多種多様な目的に使われていくシロモノだ。
しかし、忙しく変わるその明るい電子看板は、見たくないときは、眩しくうっとおしく感じるくらいに鮮やかだ。
みずきはこれがあまり好きではなかったから、特に関心を持ってみたことはなかった。だけど今日、その画面の前に立ったのは推しの才木アオトのためだった。
才木アオトは人気若手俳優で、良く喋る明るいキャラクターが人気だ。演技もまずまずの評価で、先日アニメ実写映画では、主人公の参謀役として、その存在感をアピールしていた。
みずきはアオトの明るいキャラクターが好きだった。彼を見ていると、彼の明るさに心が軽くなるのだった。
画面に映るのはその愛してやまないアオトが、みずきに向かっておいで、と手招きをしているからだった。
「ここをタップして」書かれた文字の先に矢印が描いてある。その矢印の先は、アオトの手のひらの部分。
みずきは、その等身大のデジタルサイネージの中のアオトが、画面のなかだけの本物ではないとわかっていながらも、まっすぐ自分に向けられた視線に頬を赤らめ、アオトの手のひら部分を恥ずかしそうにタップした。
「あ!」
すると、みずきの身体はフラッシュのような眩い閃光を浴びたかと思うやいなやその場から消えた。
その画面の表面には小さなピンクのハートが1.2秒の間に大きくなるのに被せて今度は青い小さなハートが、紫のハートがと、またさまざまな色に変化して次々と連続で現れて、最後にアオトが両手でハートを作ってあらわれ、「ありがとう」とウィンクをした。
そしてその画面は、ブンっと音を鳴らし、色を失い暗転した。
おわり