ハコフグ型手乗りロボット、ハコやん(短編小説)
「モード。再開」
わたしが言うと、ピピっという音とともに胸ポケットから小さなロボットがとびだした。
「どうしたの?ちなつちゃん。すごい動揺してる。」
「ぼくに話してごらん」
わたしの心拍数を拾うことのできるハコやんがわたしの異変に気づいた。
手に乗っかるほど小さなロボット、ハコフグ型のハコやんが、ホバリングしながらわたしに話かける。
「ハコや〜ん。ありがと。わたしさっき彼氏に振られちゃったよ。」
ハコやんの大きな瞳が驚いたようにさらに大きく開く。
「え〜!」
ハコやんが驚く。
わたしが手を開くとハコやんは手のひらに乗ってホバリングを中止した。わたしはハコやんがさっき飛び出してきた胸ポケットに入れた。
「モード。同調」
わたしは言った。
ハコやんはピピっと電子音を鳴らして声に反応した。
「ハコやん。わたしね、さっき、彼氏のケンタと話してたの。」
わたしは話し始める。
「うんうん」
とハコやんは聞いている。
「ケンタ、浮気してたよ。もう、ショック。なんなのあいつ信じられない。」
とわたしは歩きながらハコやんに小さな声で話かける。
「え!そうなの?信じられない。」
とハコやん。
「でしょ?いつからだと思う?3か月前からだってさー!なんか文化祭のとき、ひと目ぼれしちゃったんだってさー。結局顔だよねー。」
とわたし。
「え〜それはひどい!」
胸ポケからハコやん。
「ねー、ひどいよね」
と、歩きながら呆れ顔のわたし。
「うんうん」
ハコやんは同調してくれる。
「ハコやん、わたしどうしよ。」
ショックで不安なわたしは続ける。
「大丈夫だよ、ぼくがついてるよ。ぼくはずっと君のそばにいるよ」
ハコやんはいつも優しい。いつもこう言って励ましてくれる。
「うえーん、ハコやん大好き。また家帰ったら聞いて。」
わたしはハコやんのおかげで少し気持ちを持ち直す。
「もちろんだよ。気をつけて帰るんだよ。家じゃなくても辛くなったらいつでも話かけて。」
ハコやんはわたしを気遣ってくれた。
「うん、ありがと。」
わたしは胸ポケットをそっと上から触った。
「モード。休止」
わたしはハコやんとのやりとりで少し落ちつきを取り戻すことができた。休止と言われたハコやんは胸ポケットの中で静かになった。
街はクリスマス前、人通りが多く、街の雰囲気もどこか浮き足だっている。こんな時期に彼氏に振られるなんて最悪だ。
「まいかも彼氏と過ごすって言ってたしなー。ひとりかー。まあいいか。メタバースのイベントにでももぐろう。こうなったらアバターごりごりにフルチェンしちゃお」
負け惜しみでも、そんなこと思ったら少しやっていける気がした。
なんかケンタのことそんな好きでもなかったのかな。帰ったらハコやん聞いてくれるし。とりあえず甘いものでも買って帰ろ。
ちなつは家路についた。
☆
ハコフグ型ロボット、ハコやんは手乗りロボットだ。
2020年頃、未知のウイルス感染症が世界を蔓延した。人々は家に籠った。仕事に行けない人が増え、生活が困窮する人が多くいた。社会的に人々が大きな負担を強いられた中、女性の自殺が相次いだ。
この頃、感染症とは関係なく、自殺する若者も多く、その理由に社会が子どもを子どもらしく育てられない、社会の機能不全の部分が原因に顔を覗かせていた。
そんな状況に変化を起こそうとあるベンチャー企業が売り出したのが、この手のりロボット。
コンセプトは「自殺する寸前に声をかけてあげられる人がいたらいいのにな」である。
自殺の予防をテーマに作られているので、持ち運びが簡単で、いつでもそばに置いておける。気持ちをいつでも聞いてくれる。共感性の高いAIであること。が絶対条件だった。
あとは見た目が可愛らしいことで愛着が湧いたらいいなと開発者の好みが守られた。開発者の関谷は、大のさかな好きで、水族館で見たハコふぐの愛らしい姿を初めて見た日から、ぞっこんとなっていた。
ハコフグは、2センチ四方くらいの小さな姿から成長していく魚で、かたい体に覆われている。そのためにしなやかな動きができず、ヒレを盛んに動かしてホバリングしながら泳ぐ様が、とても愛らしい魚だ。
手のひらにのるロボットをいつか作りたいと思っていた関谷は、これだと思った。ハコフグの四角いフォルムは手のひらに乗りやすいし、安定する。ホバリング機能で耳元で飛べたらかわいい。そう思った。GPS機能をつけて、なくしてもすぐ探せるようにしよう。そうすればいつでも一緒だ。
開発にはしばらく時間がかかったが、ハコフグ型ロボットは試作機「ハコやん」を経て一般に販売を開始した。
「自殺する前に話しかけてみて。ハコフグロボットに。」
ギョッとするキャッチーな宣伝文句と裏腹にかわいいロボットの見た目はたちまち話題になった。
発売とともにその姿のかわいらしさと、同調モードのAIのやさしさが心に染みると評判になっていった
しかし、しばらくすると、好調な売れ行きとともに苦情の電話が増えるようになった。
「ハコフグロボットを買ったが、娘は自殺した。どうしてくれるんだ」これは開発する頃から、社内で予測していた事態だった。いずれはこういうことが起こるだろうと。しかし、全ての人は救えなくてもいい、私たちが悪者になってもいい、助けられた人がいたなら、やる意味がある。そう考えて売り出した商品だった。
会社は倒産することにした。またこの機能を別の形で世に役立てることができたら。ひっそりと関谷は研究に戻ることにした。
⭐︎
「パパーただいま〜」
ちなつは玄関を開ける。
玄関を開けるなり、そこは広いリビングになっている。奥にモニターが3台ほど置かれてPCが並んでいる。しかし床に資料が散らばっているし、機械の部品が転がっていたりして、足の踏み場がない。ちなつはいつものことと気に留めない。部屋で篭られて様子が見えないより、リビングにいてくれた方が安心できるからだ。
「パパ、今日、わたし彼氏にフラれたよ〜。ハコやんが優しくてさ、あとで話聞いてくれる約束したの。パパ一緒にケーキ食べよ。」
「ああ、いいね」
真っ白いひげを無精に生やした60代前半くらいの男、関谷だ。
優しく微笑み、ちなつに近づく。床の資料や機械がもうどこにあるか頭に入ってるかのように避ける動作もなく自然に近づいてくる。
関谷は自宅で研究を続けていた。娘に少し依存しているが、この静かな生活をとても気に入っていた。
今は一台になってしまったハコフグ型ロボットハコやんに改良を重ねながら、いつかまたこのハコやんが活躍できる世の中がきたらいいなと思ったり思わなかったり。娘の買ってきた、甘い甘いイチゴショートを頬張った。
おわり
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