「保育の友」2月号の元原稿
ちどり保育園が取り組んでいる保育リスクマネジメント実践の内容が保育の友2月号に掲載されていますが、最初に作成した原稿から比べると、文章量は半分、写真はほとんど掲載されていませんでした。そこで「本当はこういうことを記したかった」という元の原稿を公開したいと思います。
以下からは最初に出版部へ送付した原稿そのものを掲載します。推敲をしていないので、多少ニュアンスが変な部分もあるかもしれませんが、ご了承ください。
学校の保育園(昭和20年代)、季節保育所(昭和30年代)と呼ばれていた頃から、地域に根差した保育を運営しており、現在の理念の一つでもある「専門機関と連携を図りながら、地域の子育て家庭の援助を行う」に引き継がれています。また、平成18年より地域子育て支援センター「子育てひろば・ちどり」が併設され、地域の子育ての中心となるべく、職員一同、日々研鑽を積んでいます。
リスクマネジメントとの出合い
具体的な形になり始めたのは平成21年~22年ごろです。それまでもヒヤリハットを報告することで重大事故を未然に防ぐ取り組みを実践していましたが、相次いで同じようなヒヤリハットが報告されることがあり、いつ重大事故が発生しても不思議ではないと感じたため、ヒヤリハットを有効に活用できる方法を模索していました。
そのような中、平成21年12月7日に厚生労働省のプレスリリース「保育施設における死亡事例について」の中で「インシデント」という言葉を見つけ、それが医療業界で既に進められていたリスクマネジメントに関連する言葉であることを知りました。そこで、当時インターネット上で公開されていたリスクマネジメントにかかわる報告書などを参考に作り上げたのが、初代インシデント・アクシデント報告書(図1)であり、現在は加筆修正を繰り返し、12代目(図2)です。初版を作成したのが平成23年ですので、かれこれ12年も当園で活躍しています。この報告書とともに保育リスクマネジメント実践の責任者であるリスクマネージャーを保育士の中から任命し、報告のプロセスを定め、平成23年4月より保育リスクマネジメント実践がスタートしました。
職員の意識が変化するとき
実践当初はヒヤリハット報告の時と雰囲気はあまり変わらず、少しだけ報告件数が多くなった程度でした。しかし、職員間の情報共有不足による保護者への伝達ミス事例が発生したことで、職員の意識がガラッと変わります。
保育中に発生した怪我などは、その程度の大小にかかわらず連絡帳で保護者へ状況を伝えるほか、降園時に保護者へ口頭で状況を説明します。しかし、その時は様々な要因が重なり、保育中の怪我を保護者へ伝えることを忘れてしまったのです。翌日保護者より「擦り傷があったのですが、園で負った怪我でしょうか?」と連絡帳への記入があり、そこで担任保育士が伝え忘れに気が付き、その日の降園時には園長を含めて、保護者へ謝罪したことは言うまでもありません。幸いにも、その保護者からは大した怪我ではなかった(出血を伴わない擦り傷程度)ため「子どもたち同士のことですので大丈夫ですよ!」と気にした様子はありませんでした。
リスクマネジメントを実践する前であれば「あぁ良かった。〇〇さんの保護者あまり気にしていなかったね。次から気を付けましょうね。」という形で終わっていたと思います。しかし、普段であれば伝えていたことを“なぜ、伝え忘れたのか?”が気になり、当事者である担任保育士へ報告書の作成し、発生要因を自己分析すると同時に職員会議で各職員から意見を募ることにしました。すると、保護者へ伝え忘れてしまった要因の一つとして、他の職員が保護者へ伝えているものだという状況が明らかになり、再発防止策として保護者への伝達事項は“誰かが伝える”ではなく“△△保育士が伝える”と伝える職員を明確にすることを徹底することにしました。
もしリスクマネジメントを実践していなければ、もし発生要因を自己分析し、再発防止策を実践していなければ、この事例で発生したミスが基となるような重大な事故が発生したかもしれません。この事例をきっかけにリスクマネジメントの有用性が高まり、その後の様々な再発防止策を講じることへつながっていきました。
園庭ハザードマップという宝物
リスクマネジメントを実践していく中で、最も有効な対策の一つが園庭ハザードマップ(図3)の作成です。この園庭ハザードマップも園庭遊具で発生した打撲や擦り傷などが発端となり、それらの怪我をどのように防ぐことが出来るか?という考えから生まれたものです。
リスクマネジメントに限らず保育を行う上において、もっとも重要なことは「子どもの最善の利益を考慮する」ことです。例えば、怪我の報告が多い遊具があったとするならば、その遊具を撤去することは子どもの最善の利益を考慮したことでしょうか?私たち職員が、子どもたちを保育する保育士が適切な使い方、遊び方、正しい知識、技術を知らなければ、どんなに安全、安心と言われる遊具、玩具であっても凶器になる可能性を秘めています。
そこで園庭遊具に潜む危険、いわゆるハザードがあることを職員全員が知り、その上で適切な使い方、遊び方を実践しないと子どもたちが怪我をしてしまう可能性があること。つまりリスクがあることが、このハザードマップで示されています。
では、このようなハザードマップを作製したのであれば、どのような方法で活用すれば良いでしょう?事務室などへ掲示するのが良いでしょうか?各職員へ配布したほうが良いでしょうか?おそらく、掲示、配布という方法の場合、時間が経過するにつれて目に触れる機会は失われてくると考えました。そこで、定期的にハザードマップへ触れる機会を強制的に作ることを目的として、チェック表(図4)を作成し、担当職員が園庭遊具をはじめとした園庭の環境を毎週末確認できる(図5)ようにしました。これにより、木製遊具の“ささくれ”に気付いてパテで埋めたり、スズメバチの巣に気付いて専門業者へ連絡して駆除したりするなど、日々の安心と安全につながっています。
どんな場面でも人数確認
近年、園児の人数確認を怠ったことによる痛ましい重大事故が相次いで発生し、特に登園時の出欠席確認については令和4年11月14日付(最新は令和5年9月11日付)事務連絡として、国から「出欠席確認の情報共有を徹底していただきたい」との通知がありました。当園でも欠席連絡のない園児がいた場合、9時30分を経過した段階(9時30分までに登園をお願いしているため)で職員が電話で出欠席の確認を行うようにしています。当園の場合、連絡の無い欠席は園全体で2、3家庭のため、そこまで確認することへの業務負担は大きいものではありません。しかし、より保護者が連絡をしやすくするためにサイボウズ株式会社のキントーン、及び株式会社ノベルワークスのChobiitを組み合わせて作成した欠席連絡アプリ(図6)を活用するなど、今後の改善は必要だと思います。
また、登園時だけではなく、日々の保育においても当園では人数確認を徹底しています。例えば、保育室から園庭へ移動する際、保育室から移動する前に人数を確認(図7)し、園庭で遊ぶ直前(図8)にも人数確認を行っています。更には保育の場面が変わる度に人数確認、及び特記事項をしっかりと伝達する場(図9)を設けていましたが、それでも過去には体調不良で園庭遊びを控えていた園児を確認し忘れる(他の職員が気付いた)というヒヤリハットが発生したため、再発防止を徹底しました。
このような人数確認のヒヤリハットに対する再発防止策を実践せず、放置してしまうことで平成17年8月10日に発生してしまった本棚での熱中症死亡事故へつながってしまう恐れがあると考えます。登園時の出欠席の人数、情報共有の徹底はもちろんのことであり、園外保育(散歩時)における人数確認も重要です。さらに普段の保育中においても部屋の移動、保育の内容・場面などが変わるたびに人数確認を徹底することで過去に発生してしまったような重大事故を防ぐことへつながります。もしかしたら施設内の職員構成によって確認作業を負担と感じる施設もあるかもしれませんが、子どもの命を守る最低限の行動として、当園では引き続き実践し続けてまいります。
重大事故を防ぐためには
在籍している園児に対する重大事故を未然に防ぐためには「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」の6ページ目に「ヒヤリハット報告が活用できる場面もある」と示されています。当園では既に紹介している報告書(図2)を組織として、明確なプロセス(ISO31000のプロセス)に基づき、有効活用し、本書では紹介することが出来ない様々な取り組みを含めて、少しずつ時代や園児の状態に応じて、変化しながら実践しています。また、何か実践していくにあたって不都合があれば、職員一人一人が負担にならないよう考えて、必要に応じて修正していきます。その実践する内容は園児の怪我に限ったことではなく、職員による入れ間違え、確認し忘れといったことであっても、その発生した要因を考えて、再発防止策を一つ一つ実践しています。それは小さなヒヤリハットであっても、それを放置してしまうことで軽微な怪我、重大な事故へつながってしまうというハインリッヒの法則に基づきます。決して、施設長だけが管理職だけが考えることではなく、組織として、職員一人一人が日々の保育を実践しやすいように全員で考えていく(図10)。それが重大事故を未然に防いでいくことだと思います。
最後に国による保育士の配置基準は長年にわたって見直されていません。しかし、その間の保育士業務は増える一方であり、先に述べた出欠席確認においても業務負担は求めていますが、処遇改善などは無いに等しく、このような積み重ねが保育士を志す者すら奪っていると思います。園児、子どもの命を守る、守っていくことは私たち保育者にとって最低限のことですが、その責任感、使命感をもって働きたいという担い手を増やしていかなければなりません。数%程度の処遇改善にとどまらず保育士配置基準の根本的な見直し、さらには処遇の大幅な増額を行い、尊い未来の命を守るための社会を私たち保育者が担っていく道筋を早急に定めていくことが重要ではないかと考えます。