fitari9のコピー

【連載小説】ふたり。(9) - side J

前話

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

6月28日 13:09 - 恵比寿第一高校 2年3組 教室

「あ゛〜、終わったぁ…」

「それはどっちの意味だい、大空氏?」

野木氏こと、野木睦美ちゃんが余裕の表情でわたしに訊く。

「両方…」

前期中間試験は無事に終了した。わたし自身はあまり無事じゃないけど。

赤点、ありませんように…。


そういえば、かおちゃんも試験は受けに来てるんだった。まだ保健室にいるかな?

いや、やめよう。
学校で人と会うのは負担が大きいと、かおちゃんが自分で言ってた。いくら親しいからって、そのへんの事情は考えないとね。

「野木氏、今日から部室行くの?」

「まあね。機材の掃除くらいやって帰ろうかな」

「わたしも行くよ。今日はお弁当あるし」

「奇遇ですなあ。HR終わったら、部室で一緒にランチといきますか」

「うん!」


「約束が違うじゃーん!!」

向こうの席で声がした。
音楽専攻の、月島さんだった。

「なあブレンダ、やっとテスト終わったんだしぃ、スタジオ来てくれたっていいじゃんよ」

「…私、テストの結果次第って言いませんでした?」

「こッ…今回は大丈夫!」

「カフェだったらご一緒します、駅前に美味しい店できたんですよねえ」

「いい!行かない!ちきしょう、絶対歌ってもらうからなー」


ここ最近いつも、月島さんはアダムスさんにちょっかいを出している。

同じ芸術コースのクラスだけど、わたしや野木さん(かおちゃんも)をはじめ美術専攻の子たちは、音楽専攻や演劇専攻の子たちとは少し距離がある。2年になって、実技の授業はほとんどそれぞれで受けるようになった。おまけに私は1年の時は周りを敬遠していて、誰が誰かさえも見ようとしてなかった。

でも改めて見ると、うちのクラスって本当にいろんな人がいて面白い。

少し視界が開けてきたのは、2年になって、かおちゃんと仲良くなって、写真部に入って。自分にもできることがある、楽しめることがあるって分かって、自信がついたおかげだと思う。

「相変わらずうちのクラスは見飽きないねえ、思わない?」

「うん。野木氏も面白いし」

「ははは、大空氏もだよ」

「ええ?へへへ」

かおちゃんもここにいたら、もっと楽しいと思うんだけど。
まあ、ガマンだよね。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

6月28日 13:51 - 恵比寿第一高校 写真部 部室

部室には、野木氏の妹のななちゃんも来ていたので、3人でお弁当を食べることにした。

「ななはさ、どうなの?」

「…いきなり何よお姉」

「色々だよ」

「いや、ざっくりすぎだし」

「お題、写真部の活動について」

「写真部〜?そりゃ1年があたしだけだから、寂しいっていうか…先のこととか考えるし…」

「真面目か!」

野木氏が笑いながらツッコむ。わたしもつられて笑う。

「ちょ… 純先輩まで。笑わないでくださいよ。真剣なんですからこっちは」

「わーってるってば!ななも大空氏も、今日は会議しよう、新入部員獲得会議」

「部長が来てないけど、いいの?」

わたしが訊くと、野木氏はニンマリとして答えた。

「実はね〜、次期部長の話がきてんだよね〜」

「ふああ!おめでとう野木氏〜」

「3年生にはもう受験に専念してもらおうじゃないの」

「まだ文化祭とか、秋のコンクールとかあるけどね」

「堅いこと言わなーい」

「あの、先輩方」

ななちゃんが、真面目に場の空気を切り裂く。

「疑問だったんですけど…。純先輩は最近入られたから知らないかもですけど。澤井先輩って、ここの写真部じゃないんですか?」

ちょっとギクッとした。
野木氏は、そんなわたしに笑顔で視線を送る。

「お姉に訊いても、はぐらかされるんです。あたし中2の時、澤井先輩の写真に感動して。それで、澤井先輩お姉の高校だって聞いたのに…」

うん、答えることはできる。
でも、いいのかな?

「すいません、ご存知なかったらいいんです」

「いや…知ってるよ、澤井さんのことは。前から知りたがってたよね」

「ほんとですか!」

「まあ、あんまり驚かないでね?」

「?」


わたしは、ななちゃんに知る限りのことを話した。

かおちゃんが中学時代、意図せずに写真の賞を取った経緯。
この学校に入ってから遭ったひどいこと、
そして、うつやパニック障害の症状で学校に来れないこと。

かおちゃんと、かおちゃんのお母さんから聞いた話を、できる限りそのまま伝えた。

野木氏は黙って聞いていた。
電話や教室で前もって伝えていた話ではあった。
妹のななちゃんに、言いにくいことでもあったのかな?

神妙な面持ちで話を聞いていたななちゃんが、ゆっくりと、まっすぐこちらを向いて言った。

「先輩、ありがとうございます。」

「いや、そんな…」

「あたし決めました。澤井先輩に写真部に戻ってきてもらいます!」

「ええ?!」

「なな。ちゃんと話聞いてたか?うちらが今すぐどうこうはできないんだよ」

「わかってる。だから、実際に戻ってきてもらうかどうかじゃなくて。いつでも戻ってきてもらえるような写真部にするってこと!」

かおちゃんが、戻ってこれるような写真部。

「いいね…それ。」

わたしが呟くと、野木氏がニカッと笑って言う。

「よーし。次期部長に任せなさい。食べ終わったら作戦会議!」

「「はい部長!」」

「むふっ、次期だよ、次期」

それからわたし達は、ああでもないこうでもないと話し合った。

気づいたら夕方になっていた。
まだ6月だというのに、真夏のように晴れ渡っていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

6月28日 19:25 - 大空邸 食卓

「…純。」

両親と夕食を囲んでいると、お父さんが珍しく話しかけてきた。

「なあに」

「学校、どうだ」

「うん。普通、かな」

母は黙々と食べている。

「あれだ、テストだったんだろ?」

「うん、まあ、ぼちぼち」

「…行きたい大学とか、あるのか?」

「んー、まだわかんない」

「そうか…まあ、純の人生だ。でも考えてはおきなさい。」

「うん」

「…この子、写真部入ったんだってさ。」

「ほんとか、初耳だ。」

「小学校からずっと帰宅部貫いてたのにね…こういうことはお父さんにも話してあげな、純。」

「はーい…」

うちの家族仲は、悪くはないけど良くもない感じ。
お父さんとは、単純にあまり共通の話題がない。仕事を家庭に持ち込むこともなくて、何の職業なのかいまだによくわからない。
勉強が苦手だからと恵比寿の芸術を受験する時も、両親からは特に何も言われなかった。まあ頑張れ、とだけ。
一度、野木氏に相談したら「一人娘のことが心配だけど、どう接して良いかわからない父親」だって。なるほど、そうなんだなと思った。


「ごちそうさまでした」

わたしは食器を台所に運ぶと、自分の部屋に向かった。


かおちゃんとの連絡は、毎日の日課になっている。

「明日はプリント届けに行くね…と」

LINEでメッセージを送ると、ほどなく返信が来た。

ありがとう。
少し電話して良い?

おほ、珍しい。
電話かけちゃおう。


♪〜

「もしもしーかおちゃん?」

《あ、じゅんちゃん。通信料はいいの?》

「うん、WIfi使ってるから。体調はどう?」

《うん、まあまあ》

かおちゃんの声を聞くのは、夕食会に招待してもらって以来だった。あれからすぐテスト期間で、昨日まではLINEでの連絡も減っていたところだ。
この前よりも少し元気そうな声なのが、電話越しでもわかる。

「かおちゃんも、テスト受けられた?」

《うん、保健室で全部ね》

声色から余裕がにじみ出ていた。
もともと頭のいいかおちゃんだから、プリントとか教科書だけでもテスト対策ができるんだと思う。忍足先生は、問題はみんなと共通だって言ってたけど、さすがだ。

「わたし、やばいかも…」

《そうなんだ…特にどのへん?》

「数学と地学…」

…そうだ、いいこと思いついた。

「かおちゃん、今度の期末までに勉強教えてほしいなーなんて…」

うちの高校は2学期制なので、短めの夏休みが明けたら前期の期末試験が待っている。夏休みには夏期講習もあるけど、かおちゃんからも教えてもらえたら、バッチリかもしれない。

《えっと…理系はそんなに得意じゃないけど…じゅんちゃんのためなら》

「ほんと!やったーありがとう。また夏休みに」

《夏休み…えへ…わかった、こっちも勉強しとくね》

今日のかおちゃんは、思ったより元気そうだ。
これなら色々と話せるかな?

「えっとね、写真部に、かおちゃんのこと知ってる子が入ったんだ」

《そうなの?》

「野木ななちゃんって言って…うちのクラスの野木睦美ちゃんの妹なんだよ」

《野木さん…最近、たまに連絡くれるよ》

「そうなんだ!」

野木氏よ、いつの間に…
でも、かおちゃんの連絡先教えてくれたのも野木氏だったし、連絡くらいするよね。

「その、ななちゃんがね、写真部を澤井先輩がいつ戻ってきてもいいようにしたいって」

《写真部を…》

「野木氏…睦美ちゃんは、次期部長だから、色々考えてくれてるし、今日は3人でそんな話したんだ。」

《そっか…》

かおちゃんは少し考えていた。
嫌な思い出もあるし、やっぱ、写真部の話はきつかったかな?

《ありがとう。野木さんに、お礼言いたい》

「うん。連絡したら、喜ぶと思うよ」

かおちゃん、やっぱり少し前向きになった気がする。
なんか、嬉しいな。


それからしばらく、いつもLINEでメッセージしているような他愛ないやりとりをした。

「…そんなにすごいんだね、その…YouTuberさん」

《Maddyって言うんだけど、多分外国の人。でも日本語は普通にペラペラだし、歌うまくって、コスプレしてて、綺麗なんだ》

「わたし、映画は借りてよく見るけど、YouTubeはあんまり見なくて。でも探してみるよ」


そんな風に会話に花を咲かせていると、部屋をノックする音がした。

「純、もう遅いから…声を落としなさい」

父の声がする。時計を見ると、21時を回っていた。

「はあーい」

《あっ…誰?》

「お父さん。静かにしなさいって」

《ごめんなさい、長話になっちゃったね》

「いいよ、かおちゃんは大丈夫?」

《うん…。楽しい。楽しいよ。》

かおちゃんの声が、いつもよりはっきり、力強く聞こえた。

「そっか。わたしも。」

わたしたちは、スマホ越しに笑い合った。


明日は、プリントを届ける日。
きっと、少し元気そうなかおちゃんに会える。そう思うと、やっぱり嬉しくなってきた。


(つづく)

次話

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第9話あとがき

日常回です。

純・薫子と同じクラス(芸術コース)の瑠奈ブレンダのコンビ。

キーパーソンである野木睦美さんとその妹・ なな#13girls2 で登場予定・デザイン募集中につき挿絵は後姿のみ出演)。

それから純の両親。

そういった「ふたり組」の脇役をちょいちょい出しつつ、話を膨らませてみました。純と薫子の話が主軸ではありますが、脇を固めるキャラ次第で、世界が少しカラフルになりますね。
瑠奈とブレンダのやりとりは、服部ユタカさんの小説「リズム」を参考にしました。

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ここで、大切なお知らせです。

連載小説「ふたり」は「全13話」の予定です。

カウントダウン、残り4話。
毎週1話ずつアップできたとして、3月上旬には一旦の完結を迎えます

noteという場でいったいどこまで描き切るかは問題でしたが、高校生というキャラクターの年齢を考えたときに、必ずしもディープな展開にする必要はないと判断しました。13という数はメインキャラの頭数とも揃いますし、中だるみしないギリギリのパート数かなと。週刊連載なら短いですが、音楽アルバムなら13曲あればそこそこ満足感のあるボリュームだと思います。ちょっとなに言ってるのかわかんないですね。

さて、10話目となる次回は、「side 何」になるのでしょうか。
ご期待ください。

次の作品への励みになります。