切り取り風景物語
【指輪】
あの日、雨が、降っていた。
朝から一日降り続いていた。
雨でもいつも晴れてる人だった。
君はそんな笑顔の人だった。
華奢な指、サイズの合わない指輪をいつもしていた。
僕があげた指輪。
サイズ違ってたから直してもらおうと何度も言ってるのに、これがいいのって外そうとしなかった。
外そうとしなくても外れちゃうと思うって笑っていた。
一年も君の指から落ちないように必死な指輪。
君と話ができなくなると思っていなかった。
二度と君の笑顔は見れない。
僕には本当にもったいないくらいだった。
ずっと一緒だと思っていた。
その日は、会社帰りにたまたま君のお気に入りのカフェを通ったから、少し寄って帰ろうと店に入った。
偶然、君がいたことに驚いたし、嬉しかった。
でも君は戸惑った顔で佇んでいた。
しばらくしたら僕の知らない男の人が彼女のいる席にやってきた。
待たせてごめんねと言ってるような。
彼女の頭を撫でていた。
しばらくしてその男の人も彼女の様子がおかしいと気づいて、彼女の視線の先の僕に気がついた。
そこで、彼女の顔と僕の顔を交互にみながら、知り合いなの?と言ってるような。
彼女はただ黙っていた。
気まずそうにしながら君はカフェをあとにした。
僕にはなんの言葉もかけてこなかった。
僕も君をおいかけるようにカフェを出ると雨が降っていた。
傘を持っていなかったが、君を見失うのが怖くて必死で後を追った。
ようやく追いついたとき、ふり返った君は雨のせいなのかわからなかったが、泣いているように見えた。
もう会えないと一言だけ言って、落ちないように頑張っていた指輪がないことに気づいた。
そっか、もう君の指ではだめだったんだね。サイズ無理にでも直せば良かった。
と後悔した。
あの日からもう30年。
雨が降ると思い出す。
コーヒー飲む?と優しく声をかけてくれる人がいる。
あのときの指輪が外れることはもうない。
華奢ではなくなったが、雨でも晴れたような笑顔は変わらない。
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