彼女という音楽~永井陽子の歌~
春よ、胸のハープシコード奏づれば木木は光の衣をぬぎゆく
永井陽子『樟の木のうた』
なべて地上の音は空へと吹きのぼりそこのみしづかな真昼のカンナ
『ふしぎな楽器』
ただ一挺の天与の楽器短歌といふ人体に似てやはらかな楽器
同
短歌と音楽、と問われて、永井陽子の歌を思いうかべる人は多いだろう。永井陽子の歌の世界にはいつも音楽が流れている。
彼女の代表歌である<べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊>や<ひまはりのアンダルシアはとほけれどとほけれどアンダルシアのひまはり>といった歌の愛誦性は言うまでもないが、たとえば<あはれしづかな東洋の春ガリレオの望遠鏡にはなびらながれ>のような歌にも、その背後に遠く「ハープシコード」のやわらかな旋律が聴こえてくるような気がするのは、私だけだろうか。
彼女が奏でていた「ハープシコード」の旋律を、「真昼のカンナ」と共に見送った「地上の音」を、あるいはヴァイオリンやホルンやピアノのやさしい響きを、折々に思う。永井陽子という歌人は、まさに「やはらかな楽器」であった。彼女の歌が、永井陽子という歌人の存在そのものが、何ものにも代えがたい音楽であったのだ。
返歌
涙ではないが梢をぽろぽろとこぼれてやまぬ 春闌けてのち
そうして空は雲もうごかぬままに暮れカンナの紅を濃くしたり
天与の楽器であることふっとさみしくて響きあいたる一首と一首
短歌研究2016年7月号 特集 短歌と音楽の素敵な関係
「鑑賞と返歌 私の好きなこの歌」