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The Salt Path: A Memoir 塩の道:メモワール

2020年5月17日

前回、ウイルスの話を(そうとは知らず)読んでしまい、ちょっと気分が落ちたので、何か気分があがるものを、と思い、この本を手に取りました。というのも、あらすじによると、困難に打ち勝つ中年夫婦のお話だったからです。

表紙もポップだし、いい感じ、いい感じ、と思って読んだら、「困難」が90%で出来ている本でした。ORZ。。。まず、著者であるレイノアと連れ合いのモスの二人は、友人と思っていた人と金銭的に揉め、裁判で負け、長年「手塩」にかけてきた農場と家とを失います。幸い、お子さん二人はすでに家を出ていましたが、娘さんはまだ大学生。

そのうえ、何十年も連れ添った夫、モスは大脳皮質基底核変性症 (corticobasal degeneration)の診断を受けてしまいます。これは今のところ治癒するための治療法がないとされており、病状の進行を食い止めることが最善の策のようです。認知症のような症状らしいのですが、モスの場合、身体の痛みやこわばり、麻痺があるのが、この本で分かります。

失業保険が入るのもまだ先。でも、家はもう空けなければならない。さて、そこでこの二人が取った行動は、なんと「旅に出る」というもの。それも「旅行」ではありません。テントを持って野宿を前提とした旅なのです。英国南西の沿岸を徒歩で旅した著作を頼りに、二人も旅にでます。

最後の10%は、奇跡があったり、人の優しさに救われたり、著者が一瞬、一瞬の大事さを説くところなど、感動も多いのですが、そこに行き着くまでが辛すぎます!読んでいても、辛くて、辛くて。その分、お金の心配、食べもの心配、寝る場所の心配、私などが当たり前と思っていることが、本当はすごくラッキーなことというのをしみじみ感じられます。最後は、旅程を終えた「達成感」。。。といった気楽なものではなく、「生き延びた」ことへの安堵がこみ上げてきます。

ただ、意見が別れるかな、と思うのは、著書は内面のことをあまり書いていません。究極の状態でも、伴侶と喧嘩したこともないようなのです。だから、辛い描写が延々と続いて突然ラストで、移民や恵まれない人に思いを馳せるところが生きている、とも言えるのですが、そこに至る心の揺れや、動きが、あまり克明にはかかれていません。『ホームレス』として、差別的な目で見られた際も、そう見られるのだ、といったように俯瞰で見ている感じで、世間に対する怒りや、そうした仕組みに対する義憤が感じられません。

ある意味、辛すぎて乖離していたのかも、とも思えますし、こうした俯瞰の目線は作家に必要なのか、とも思いますが、もう少し内面のゆらぎや、伴侶との相克などがあれば、一緒に旅をできた気がします。そういう感情ならば共感できるけれど、野宿してラーメンで一週間過ごして辛かった、などはなかなかその辛さが実感できないからです。

「お年なのに冒険しててすごいですね」とか、的外れな称賛を受けることも度々だったようですが、あまりんも「お年なのに」と言われる!と、著者がムムムッとする場面があり、そこは面白かったので、なおさら内面をもっと知れたら、と思います。でも、さっきタイトルをググって偶然出てきた著者の写真を見ると、素敵なご夫妻です。顔が似てる!

海岸沿いを歩くことから、海からの潮風を浴びたりして「塩の道」ということなのでしょうが(もしかするとローマ時代に塩を運んだ道として由緒があるのかもしれません)、英語でもSaltedとかSeasonedとか言うと、「味のある」とか「経験を積んだ」という意味があるので、粋な題名です。

そして、ところどころで、お茶を飲んでホッとする場面があり、読んでいる途中、イングリッシュ・ティーを飲みたくなりました。ミルクたっぷりで!

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