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ティッピング・ポイントの復讐
2025年2月11日
これは日本語にも訳されている「ティッピング・ポイント:いかにして『小さな変化』が『大きな変化』を生み出すか」の続編となっています。正式タイトル名は「ティッピング・ポイントの復讐:上層部の語り(オーバー・ストーリー)、影響力の大きい人(スーバー・スプレッダーズ)、社会工学の隆盛)」です。
元々の「ティッピング・ポイント」の日本語訳はあまり人気がなかったようですが、アメリカではベストセラーとなり、ティッピング・ポイントという言葉が本著により市民権を得たような記憶です。私は当時大学院生だったのですが、読後の感想は「面白かった」でした。もっと色々記録しておけばよかった。。。
ともあれ、いわゆる日本語で「潮目が変わる」という言い方がありますが、ある現象ーーそれは犯罪率であったり、マーケティングであったりーーが一気に加速(あるいは減速する)には理由がある、と、その構造を解き明かしていく、スリリングな本でした。(おそらく)。
あれ以来、BlinkやWhat the Dog Sawなど、読んだはずだけど全く記憶がないものもあれば、Outliers (日本語タイトル「天才!」)やDavid and Goliath (日本語未邦訳)など多少覚えているものも。Outliersでは1万時間の閾値など、日本でも知られているかと思います。またDavid and Goliathは、聖書のダビデとゴリアテから来ていて、小さなダビデが石礫で巨人ゴリアテを倒したおように、いわゆるunderdog(弱い立場)が巨人に勝った例、なぜ勝てたかなどの分析でした。(おそらく)。
なんと言っても、彼の強みは筆が立つこと。話の運び方が面白く、グイグイ読めてしまうので、それを習いたい意味もあり、今回も評判になっている、この新著に手を伸ばしたのでした。どうやったら、こんなに引き込める文章が書けるのだろう。。。もちろん、取り上げる話題も「常識」と思われていることを覆す楽しさがあり、それが彼の一貫したテーマであるとも言えます。
でも、実はここ数年、彼のポッドキャストがあまりにも説教くさくて、うんざりもしていました。今回の新著はどうかな、と思ったのですが、説教くささはそれほどでもないのですが(この人、話すより書く方が断然向いてる!)、ちょっと玄人っぽさというか、技巧が悪目立ちしている感もありました。
ともあれ、(ようやく内容です)新著は3つの大きなテーマがあり、最初はとある理想的なコミュニティにおける若年層の自殺率の高さ、2番目はアイビーリーグ、あるいはエリート大学における人種の割合、3番目はアメリカで大問題となった鎮痛剤オキシコンチンの使用割合。そして、これら3つの例における不均衡さの原因となるのが、オーバーストーリーであり、スーパースプレッダーズであり、社会工学の問題なのです。
やはり一番、グッと来たのが2番目です。まず、グラッドウェルは、なぜハーバードが、それほど人気があるとは言えない女子ラグビーチームを新しく創設したか、という問いから始めます。もう、この問自体、え、なんで、なんで、となりますよね。
この一見無邪気な問いの裏には、深刻な人種差別が隠されていたのでした。つまり、なぜ大学が、女子ラグビーチームとか、人気があるとは思えない(つまりフットボールやバスケットボールなどと違って試合観戦による収入の見込みのない)スポーツチームを維持しているのか、というと、ぶっちゃけ、それが唯一、合法的(?)に白人を優先できる方法だからなのです。
学業の成績的にはイマイチでも、マイナースポーツをやっている選手で、しかも世界的にはランクが上位ということは、家庭が裕福である証拠でもあります。スポーツのための道具(ラケットであったりヘルメットであったり)を揃えられる上、親が練習のための送り迎えができる(つまり片親が専業主婦、主夫でいられる)、試合のための遠征費などが賄える家庭ということです。白人が皆裕福であるわけでは決してありませんが、裕福な層に白人が多いのは事実です。
それは、例えば成績だけで学生をとっているカリフォルニア工科大学(Caltec)と比べると、一目瞭然だというのです。例えば、人種選別をしないCaltechでは2013年にはアジア系が42.3%と20年前の26.9%と比べると増加が明らかになっています。それに比べて、ハーバードはどうでしょうか。2013年は18.0%、20年前も20.6%とほぼ変化がありません。
しかも、ハーバードの全体の人種別構成を見ると、白人が50%を切らないように、他の人種に、まるで割り当てがあるかのように変動がミニマムです。
数の問題というのはマイノリティにとって、とても大切であることもグラッドウェルは説明してくれています。(不十分な例もあるのですが)全体に影響を及ぼすにはマジック・サードと呼ばれる、構成員の三分の一を閉めることが大切なのだそうです。
例えば9人いる理事会で1人しか女性がいなければ、その声は無視されがち。2人になっても、まだ全体の決議に影響を及ぼすほどではない。しかし、3人になり、3人が同じことを主張している場合、理事会全体の決議に大きな影響を及ぼすことを数字で示してくれています。
マイノリティにとって三分の一になることは、とても大切なことなのです。しかし、それを阻止するため、例えばハーバードなどでは、マイナーなスポーツチームで優秀な人材を確保することで白人優位を保っている、というのが彼の主張。
私的には、ガザ地区での抗議活動が問題になって初めて知ったのですが、当時のハーバード大学の学長は黒人の女性だったこともあり、むしろ、進んでいるなぁ、なんて思っていたのでしたが、学生比がこういう原則の上にあったとは夢にも思っていませんでした。(ちなみにあの時、議会に呼び出された学長は3名とも女性でした。)
と、まあ数も大事なんだけれど、潮目が変わる時には一人の存在、あるいは一つの作品でも、変わることがある、と彼は続けます。例えば、スーパースプレッダーズと呼ばれるような人たち。あまりいい例ではありませんが、他の人と比べ、コロナウィルスをたくさん増殖し、強力に撒き散らしてしまう人、というのが存在するそうです。
そして、一人の人が作った社会の仕組みが多くの命を救うこともあることを最後に、オキシコンチン中毒の例で上げてくれます。これは以前、サックラー家の歴史を読んでいたので、中毒を止める仕組みもあれば、中毒性の薬をどんどん売ろうとする仕組みもあることに慄然としました。
色々、文句も言いましたが、やっぱり読者を引き込む書き方は上手いです。見習いたい!