8月のフランス菓子研究所 「パリ・ブレスト」
三十年くらい昔にインドネシアにひと月出張した際、最も注意したのは水だった。
鉄の匂いがする赤茶けたシャワーのお湯を浴びるときは決して口も目も開けなかったし、レストランで飲み物に入っている氷はすぐさま取り除き、歯磨きするのさえミネラルウォーターを使った。
それでも胃腸薬の世話になった。なんとも軟弱な。
勤め先のあるインテリジェントビルのすぐ裏にあるほったて小屋の並びでは、何が混入してるのかよくわからない濁った川が人々の暮らしを支えていた。耐性のないものは大人になれないのだと聞いた。
なぜそんなことを思い出したかというと、今月のレッスンがパリ・ブレストだからである。
1800年代パリとブレストを結ぶ500キロの自転車レースを記念して、地元の菓子屋が考案したお菓子で、自転車の車輪をイメージした丸いシュー生地にヘーゼルナッツのプラリネ入りのクリームを絞る。クリームはパティシエールとシャンティの二種類。誰もが夢中になる美味しさだ。
そしてまさにいま、パリではオリンピックが開催中。といっても特に観戦などしてないのだが、レッスンで一緒だった方々から、選手がセーヌ川で泳がされたと聞いて驚愕。
あとで調べたら、フランスは巨額を投じて水質改善に努めたらしいが、トライアスロン予定日前日に大雨で様々流れ込み、一日延期したのち決行したそう。「道頓堀川の4倍汚い」そうで、引き合いに出されて道頓堀川も迷惑してるだろう。
一方、日本では「水が飲めないこども」が増えてると松本先生から聞いた。
コロナ禍でスポーツドリンクを飲む機会が増えたのが理由だそうで、水は味がしないから飲めないと。
部活終わって先輩らの後にやっとありつける水飲み場の水はごちそうだったが、今思うとだいぶ独特な匂いと味がした。
ここ横浜の水道水は水源を道志川、酒匂川、相模川などから採っており、浄水場の努力もあって私はおいしいと感じるが、レッスン仲間は「神奈川の水はまずい」と言ってて、水に求めるクオリティは人それぞれなんだと思った。
ただ、水の正解は無味無臭なので、それが飲めない理由なんだったらちょっと心配だ。
シュー生地を焼く前に霧吹きで生地に水をつける。てっぺんに火が入るのを遅らせることで膨らみが良くなるという定説だ。
しかし今回うっかり霧吹きするのを忘れてオーブンに入れてしまった。
忘れずにやった人のものと焼き上がりを比較してみると、確かに霧吹きしたほうが下からしっかり立ち上がってるように見える。
カットしてクリームを絞り入れたらあまりわからなくなったので良しとする。
そういえば我々が習っているのは代官山「イル・プルー・シュル・ラ・セーヌ」のレシピである。フランス語で「セーヌ川に雨が降る」を意味する。競技の延期とは無論関係ない。