選択肢のない人生。

確かに、中学時代に病気になった学生に、ベルトコンベア式に高校へ行かせてどうするのか。
そこでは、何も出来ないだけではなく、適切な治療の機会ものがして、人生はそこで終了してしまう。
人生が、誰であっても、金太郎飴のように同じような道を歩む発想しかないと、そこから脱落した国民は、ほとんどすべて、終了する以外にない現実を突きつけられる。
うつ病だろうが、引きこもりだろうが、いじめだろうが、それでも結局は学校に戻っていかなければならないと、子どもたちは苦しんでいる。
他に選択肢は一切ない。
日本人の発想の狭さとは、単に可能性を潰すだけでなく、生存や国家の存立さえも危ういものにしている。
どうも、亡国の二文字以外、日本人たちに見つけることが出来ない。これをどうしたらいいのか、次の世代が考える仕事である。

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