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なんでお母ちゃんは逃げ出さないんだ
34歳で出産した息子は、就学前検診で自閉症スペクトラムと診断されました。乳幼児期から育てにくさの連続で、髪振り乱す悪戦苦闘の毎日に疲弊しきっていました。
かんしゃくに奇声、多動に強いこだわり行動…まるでモグラたたきのようにひとつ問題が消えたかと思えば、ひょこっと別の問題が顔を出し始めてくる
頑張れば、努力すれば、それなりに結果や評価された仕事と違って、学んだことを試行錯誤しても、ほとんど結果につながらない…それどころか異次元の人間を相手にしているようでした。
でも不思議なくらい「なにもかも捨てて逃げ出したい」「…いっそこの子と一緒に死んでしまおう」とは、思わなかったです。
だからと言って、私は聖母マリアでもなければ、いつでも冷静沈着でドンと構えられるほど器の大きい母親でもありません。
激しく叱責しては自責の念に押しつぶされ、長い真っ暗なトンネルの中でもがき苦しんでいましたが…
「少しでも前向きに生きていたら、きっとトンネルの先に明るい未来が待っている」と
なんの根拠もないのに、なぜか確信にも似た強い思いが…そして天使のような息子の笑顔が、私を支えていました。
出来損ないサリバン先生よろしく、数年かけてハサミの使い方や鉛筆の握り方をおぼえさせ
泣き叫ぶ息子に箸をにぎらせ、食事のしかたを教えてきました。楽しくご飯が食べられるように、少しでも自分の気持ちを書いて伝えられるようにと
スモールステップで、先生方や周りの支援者の力を借りしながら…着替えやお風呂、テーブル拭き、簡単な掃除にアイロンがけ、洗濯物の畳み方など手取り足取り教えてきました。
卒業後の就労を視野に入れて、バスの乗り降りや携帯電話の使い方など
習得して定着するまで、膨大な時間とエネルギーがいることでしたが…時間こそかかるものの、特性でもある秩序正しさが発揮されました。
他者とのコミュニケーションにおいては、なかなか意思疎通がままならない状況にありましたが
20歳を迎える頃には、できることも増えていき「やっとここまで来れた」と安堵の気持ちと、彼のこれからを思い描けるようになった矢先
何がどうなってしまったのか
息子の中の歯車がかみ合わなくなってしまったのか…6年経った今もよくわかりませんが
彼は、ある日を境に、まるでグラデーションのように
長い時間かけて習得してきたものを、ひとつひとつ手放していきました。
何が原因なのかもわからず…また20年前の幼少期に引き戻された思いです。
そんな状況を、ずっとクールに第三者のように見ていた娘が、真顔で聞いてきました。
「なんでお母ちゃんは逃げ出さないんだ!」「早く施設でもどこでも入れてしまえばいいのに」「自分が壊れてもいいのか」と
7歳下の娘は幼い頃「兄ちゃん!兄ちゃん」と息子を慕って
後を追っかけていました。
「兄ちゃん、だ~い好き!」と言って仲よく遊んでいた娘も
小学校高学年になると、だんだん彼から離れるようになっていきました。
娘なりに、みるみるうちに歳を追うごと
大好きだった兄ちゃんが幼児のように変わりはて
大好きなお母ちゃんを苦しめている現実に…きっと耐えられなかったのだと思います。
2年前に、進学のため上京した娘へ伝えました。
「お母ちゃんが、逃げ出さないのは…すべてを受け入れたからだよ」と
娘は、なんとも納得しがたい厳しい表情でしたが…無理もありません。
まだ18歳の彼女には、とうてい理解できる母親の心情ではなかったと思います。
私自身、上手く言葉にできないのですが
問題にぶち当たるたびに「さあどうする?」「答えは彼の中にある」と
見えざる声が、いつも頭上から聞こえていました。
「もしかしたら、彼が私を選んだのではなく…私が彼を選んだのかもしれない」そう感じるようになっていきました。
目まぐるしく変わる現状に、感情もどんどん変化するこの頃ですが…
次回は、ホームの見学へ行ったいきさつや、その後の思いなど書いていくことにします。