解体する実家から救出したレコード ②銀河鉄道999
解体前の実家から持ち帰った、昔のレコードたちです。音源なら今でも手に入りますが、どうしても当時のLPを探し出したく、実家整理の業者さんに無理言って見つけて頂きました。今回は「銀河鉄道999」です。
(あくまで個人の感想です。記憶が間違ってたらすみません)
中一の夏は「劇場版 宇宙戦艦ヤマト」、中二の夏は「さらば ヤマト」、そして中三の夏は「999」でした。中学最後の夏休み、個人的には部活の大会とあわせて、忘れられない映画となりました。
「999」は、松本零士氏の漫画から入り、TVシリーズも見ていましたが、特にTV版は主人公の鉄郎が子供っぽく感じられて、そこまで熱心ではありませんでした。しかしこの映画版では、鉄郎の年齢が15歳に引き上げられたことで、当時中三だった自分とまさに同い年の少年の物語として、深く心に響きました。
「交響詩 銀河鉄道999」
音楽は、前の記事で書いたヤマトの「交響組曲」ではなく、こちらは「交響詩」。より物語を意識した音楽と言うことなのか、映画の展開をなぞったような、美しいメロディが続く印象を受けます。
宇宙の果てまで続く銀河鉄道をイメージさせるような、壮大なスケールの序曲から、地球の片隅で生きる鉄郎の、勇気と悲しみを奏でる曲へと続き、そしていよいよ旅立ちの曲。ゴダイゴの隠れた名曲、「テイキング・オフ」。
「年老いた大地を思い切り蹴って」、「見慣れたきのうはふりむくな」、999と少年の宇宙への旅立ちという、映画前半のクライマックスとなるシーンであり、それを彩る、軽快で希望に満ちた素晴らしい曲だと思います。
物語は進み、トチローやハーロックといった、松本作品お馴染みのキャラクターも出て来ますが、私が最も心惹かれたのは、ガラスの少女クレアでした。鉄郎に恋心を抱く、可憐で、でも薄幸な少女。最後は愛する鉄郎を守って砕け散ってしまう。
当時の私にとって999のヒロインは、メーテルではなく間違いなくクレアさんでした。その可愛らしく、でもどこか悲しげでもある美しいメロディを聴くと、今でもあの頃の甘酸っぱい感情が浮かんでくるようです。
そんなクレアさんですが、40年ぶりに手元に戻ったLPレコードのライナーノートを見ると、車掌さんが、クレアさんの砕け散った身体の破片を宇宙に撒くのに使っていたのは・・・、「ちりとり?」、まあ、確かに汽車の中のガラスの破片を片付けるなら、冷静に考えたら「ちりとり」だろうけど、そんな記憶は全く無かったので、ちょっとした驚きでした。
そして、アニメ映画の中でも珠玉のラストだと思う、メーテルとの別れのシーン。このラストの秀逸さは、既にさんざん語り尽くされており、共感頂ける方も多いのではないかと思います。
「今、万感の思いを込めて汽笛がなる。今、万感の思いを込めて汽車が行く。」、「さらばメーテル、さらば銀河鉄道999、さらば少年の日々」
城達也さんのナレーションのバックに流れる、感傷的でどこか優しい別れの曲、「終曲」から、新しい旅の始まりを告げるゴダイゴの名曲「銀河鉄道999」へ。
映像、ナレーション、音楽、その全てが胸を締め付ける。このラストだけで、還暦を迎えた今でもパブロフの犬のように泣ける、いや、大人になってしまった今だからこそ、なおさら泣けるのかもしれません。
私は音楽家ではないので詳しいことはわかりませんが、このアルバムは、「交響詩」とあるとおり、抒情的で、どこか感傷的な、美しい楽曲が多いように感じます。その中でゴダイゴの曲が、前半とラストを飾るキラーチューンとして登場する、まさにこの音楽を聴くだけで、映画のストーリーや感動を疑似体験できる、そんな完成度の高いアルバムではないかと思います。
このアルバムは、多くの若者に受け入れられ、レコード大賞か何かでアルバム賞にも選ばれていた記憶がありますが(間違っていたらゴメンナサイ)、自宅にビデオもDVDも普及していなかった当時、私を含む多くの若者は、このアルバムを何度も何度も聴いて、映画の感動を追体験していたのかもしれません。
最後に、このアルバムの中で私が「えっ」と感じた曲、それは「惑星メーテル」です。クライマックス近く、惑星メーテルが崩壊するシーンで流れる曲ですが、少年の日々の感傷的な曲調と違って、どこか甘美で退廃的な大人の女性を感じさせる曲です。惑星崩壊シーンの衝撃と合わせ、今でも強烈に印象に残っています。還暦となった今では、完全に退廃的な人間になってしまいましたが・・・