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創作『ゆめのなかでメキシコへ』

あらすじ
16歳のある少女は、不思議な夢をみる。一度も行ったことのないメキシコで、祖父らしき人と暮らしている。その人とマヤ文明の話をする。夢から覚めるときに、少女は大切なことに気づく…。(2502文字)



ーーー16歳のあの夏、わたしは不思議な夢をみた。ーーー
 
 リュックから、夏休みの宿題をとり出す。青い学習ノートがなくて、ごそごそ探すが見つからない。あんまり見つからないと、泣きたくなる。気がつけば、いつもなにかを探している。わたしが探しているのは、こういうものじゃない。
 大の字に寝ころがる。目をとじて、何も考えないようにする。

蝉の 声
扇風機の羽が  まわる   音
・・・


 目をさますと天井が見える。古びた扇風機が、まわっている。知らない家。木のにおい。
 風を感じて、そのほうへ顔をむける。開けはなたれた窓のむこうに白いテラス。日差しは強いけど、家のなかは涼しい。
 木製の椅子が揺れた。だれかが座っている。
「おじいちゃん」
なぜ、そう思ったんだろう。その人が振りかえって、微笑んだ。胸がキュンとする。写真のおじいちゃんに似ているが、ずっと若い。目が大きくてきれい。顔は ほりが深く、長い黒髪。20才ぐらい? 長袖のシャツを肘の上までまくって。陽に焼けている。
 彼は、椅子から立ちあがると、
「お腹空いただろう。さあ、ごはんにしよう」
といって、キッチンに立つ。わたしは、葉っぱのもようのアロハシャツと、白い短パンを身につけている。木のテーブルと椅子が2つ。そろそろとベッドから降りて、手前の椅子にすわる。
 料理をする彼を、ななめ後ろから観察する。動作の一つひとつが、しなやかで、とてもきれい。
 木のお皿に、ふたつ折のお好み焼きみたいなものが、4つ並んでいる。たしか、タコスっていう料理。ところどころ焦げていて、生地も手作りとわかる。持ってみると、中身がこぼれそうなぐらい挟んである。
「いただきます」
お肉の煮込み?ほろほろと柔らかく、マリネみたいな甘酸っぱい野菜とよく合う。
「 おいしい。これ、タコス? 生地は小麦粉から作ったの?」
「 小麦粉? この国ではトウモロコシの粉にきまっている」
彼はオレンジをもぎとってきて、ナイフで手際よく切ると、その半分をわたしの前においた。
「この国って・・・ ここは、どこ?」
「メリダ」
「メリダ・・・って、ユカタン半島の?」
 
 これ、夢のなかだ・・・と、きづく。どうやら、メキシコにいる夢のようだ。ああ、そうか。先週テレビで、マヤ文明の特集を見た。だから、きっとメキシコが気になっているのだ。
 番組の内容は、こうだった。メリダという町から、チチェンイッツァ、ウシュマル、カバーといった遺跡をまわる。案内役は、低い声でおちついて話す、好きな女優さんだった。
 博物館の人が、ガラスケースのなかにある首飾りを見せて、こう説明する。
「チチェンイッツァというのは『泉のほとり』という意味です。カラカラに乾いた土地なので、水はとても大切でした。セノテと呼ばれる大きな井戸があり、神に祈るとき、侍女をいけにえとして水の底に沈めました」
『侍女とは、王族に仕えて身辺の世話をする女性のこと』
とテロップが出る。ガラスケースのなかにあるのは、井戸の底で発見された、装身具だった。
 そのヒスイと珊瑚の首飾りを、からだに付けられたとき、どんな思いでいたのだろうと侍女の気持ちを想像して、わたしは泣きそうになったんだ。
 
 食器をかたづけて、誘われるままに、テラスにでた。ふたつある揺り椅子の、彼が座っていなかったほうへ座る。雨が降ったあとなのか、水溜まりが光っている。ずっと昔から、ふたりでこうして過ごしているような、ふしぎな心地よさを感じる。
 わたしは、番組で得たばかりの、にわか知識をぶつけてみる。
「ウシュマルの遺跡は『魔法使いのピラミッド』と呼ばれているんだよね 。他にも『尼僧院』とかさ ー」
「そういった名前は、マヤ族がつけたんじゃなくて、後にスペイン人が入ったときに、かれらが よんだんだ」
「・・・・・」
彼は、誠実なひとなんだ。
「そうそう! すごいね! よく知っているねー」
なんて軽く流したりしない。わたしは単純に、素敵な名前を知っていることを、披露したかっただけ。そして、メキシコがかつてスペインの植民地だったという歴史を、忘れている。中身のない浅はかな言葉を見透かされているようで、ドキッとする。
 彼のいうとおりだ( 彼はなにもいってませんが )学校のともだちと話す内容も、だいたいネットで見つけた、にわか知識だ。面白い話題を持っている子、と大事にされたくて。輪から外されたくなくて。まるで風見鶏のようだね。いったい、なにに一生懸命になってるんだろう。
 
 足元が冷えてきたと思ったら、いつのまにか外は暗くなっている。空を見上げると、星が降ってくるようだ。こんなに空を近くに感じるのは初めてだった。スマホやインターネットのない世界は、こんなに静かなんだ。だんだん眠くなってきた。
 そういえば、ひとつ気になっていることがある。昼間からずっと、外でカラカラと音が鳴っている。
「あの音はなあに?」
彼はわたしの目のなかを覗きこんだ。しばらく沈黙があったあと、意を決したように話しはじめた。
「 あちこちに大きな井戸があって、高いやぐらが組んである。その上で風車をまわし、水を汲みあげているんだ。その風車が風に吹かれて、カラカラ鳴るんだよ 。その井戸はセノテと呼ばれていて、チチェンイッツァのセノテはね・・とくに大きいんだ」
彼の目が潤んでいる。まぶたが重くなったわたしは、言ってしまった。
「おじいちゃん、向こうにもどったら、ちゃんと調べるね」

 次の瞬間、からだが あおむけになり、深い水の底へ沈んでいく。水面に向かってのばした腕には、ヒスイの輪。ああ、わたしは神様に捧げられたんだ。おもいだした。あの人は、おじいちゃんじゃない。恋人だった チャカ・・・

 蝉しぐれ。自分の家。扇風機は、タイマーが切れている。わたしは、汗だくで目が覚めた。
 なぜか、無性に古代文明の本が読みたい。なにかのメッセージかもしれないぞ。素敵な思いつき (思い込み?)に、楽しい気分になってきた。


(了)



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
『高校生とマヤ文明』
男の子バージョンもありますので、よければご覧ください。


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きみとめ
お読みくださり、ありがとうございます。いただいたチップで、本を買いたいです。