愛ではない何か【ショートストーリー】
「俺の好感度が上がる」
拓也の背中におんぶされながら、加奈子は笑った。
商工会の旅行で、京都に来ていた。
地元企業と交流したほうがいい、と拓也に言われ参加したのだ。
洋菓子店の店長である加奈子は、知らない人にも笑顔を振りまいていた。
拓也は洋菓子店の社長で、加奈子の二つ年上、四十歳。
五年前、加奈子は入社してすぐ意気投合した。
その時の拓也は、加奈子と同じ平社員だった。まさか数年後社長になるなんて、夢にも思わなかった。
お昼頃、商工会の団体は料亭に案内された。格式張った雰囲気に、加奈子は気後れしていた。
窓の外にひろがる日本庭園と、目の前の懐石料理。どちらも整いすぎていて、加奈子は途方にくれる。
隣で拓也は、どこかの社長とゴルフの話で盛り上がっている。
愛想笑いに疲れた加奈子は、食前に飲んで美味しかった、梅酒を追加した。
「店長、大丈夫か?」
気がつくと料亭の外で、拓也の背中におんぶされていた。
他の人たちは食事を終えて、庭園を散策している。
何人か、こっちを見てクスクス笑っている。
「拓…、社長……わたし…寝ちゃいました? すみません!」
加奈子は、失態を詫びた。
彼は、ニッと笑って「俺の、好感度が上がる」と言った。
拓也と加奈子は、誰よりも話が合った。
仕事についてだけでなく、映画、ドラマ、歌、本、なんでも。
出逢うまでの空白の時を埋めるかのように、一日中だって話していられた。
お互いに知らないピースを埋めあって、ふたりだけの大きな絵を作り上げていた。
休日は、加奈子の行きたいーー仕事の参考になりそうなーー場所に、ふたりで行った。
京都の松下(幸之助)資料館。
滋賀県のたねや、ラコリーナ近江八幡。
長野県の伊那食品、かんてんぱぱガーデン。
どうしたら会社が良くなるか、一緒に考えた。
幸運なことに、お互い恋愛感情は無かった。
異性として抱き合うことなく、一緒にいられた。
恋愛よりも上、を何て言うのだろう。
兄弟、同志、心友。どれも近いけれど、すこし違う。
カテゴライズできない関係。
加奈子は、前世を信じてもいいと思うようになっていた。
しかし、拓也には出会ったときから妻子がいて、加奈子は独身だった。
他人からみたら、彼は男で加奈子は女だった。
そして、彼は社長という立場になり、その重責を感じていた。
加奈子が会社を辞める日
「今までありがとう。バイバイ」と握手した。
拓也は泣いていた。
加奈子も笑って、泣いた。
それから数年後、加奈子のスマホに拓也から連絡があった。
「逢いたい」
加奈子の胸に、喜びと哀しみが同時にこみあげた。
すこし迷ったあと、加奈子は返事をした。
「ごめんなさい」
そして、拓也のアドレスを削除した。
永遠に失わないために、会わない選択しかできない時がある。
(了)