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【お仕事小説】晴は疑問符抱えてる[3]らしさ、がわかりません

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会社の会議室。

今日の午前中は、社員研修だ。

コマド精米は、研修が充実している方だと思う。

新入社員は、1年を通して社会人としてのマナーや電話応対といった研修を受けることになっている。4月は始めの2週間の午前中、5月からは隔週で月曜日の午前中。社内で行われるのがほとんどだが、たまに社外に出るものもある。1年目が終わると、3年、5年、10年、15年、とキリのいい年数で研修が入る。出世コースに乗るともっと多い。マネジメント研修やリーダー養成講座など、多種多様だ。ただ、通年行われるのは1年目研修のみで、その他は1日で終わるものも多い。

晴は今年、5年目研修だ。今年は年に3回ほど予定されていて、そのうちの1回目が今日、行われている。

広い会議室の入り口に、席順を指定した紙が貼られていた。苗字のあいうえお順で並んだとき3番目にいた晴は、今ではトップバッターの位置になってしまった。20人ほどいた同期が、転職や退職で三分の一ほどになっているからだ。

社員は、代ごとにカラーがあると言われているけれど、晴たちの代は完全な「個人主義」の代だった。晴を含め、あまり周りに干渉しないタイプが集まっていたようで、団結力があるわけでもなく、ムードメーカーがいるわけでもない、ふんわりとした付き合いだった。同期といっても仕事終わりに飲みに行くような仲ではなかった。だから、転職理由も退職後の進退も、謎のまま。顔と名前が一致するくらいで、プライベートのことは詳しくない。

5年目社員、初心を忘れないように、との理由で、新入社員との合同研修になっている。

研修は、社長の講話から始まった。

「今年も、将来有望な新入社員がたくさん入社してくれました。ありがとう。皆さんの強みは、なんといってもフレッシュなところです。すでに各部署に配属されていると思いますが、それぞれの舞台で、新しい風を吹かせてください」

今年の新入社員も、20人くらい。晴のときと同じくらいだ。男女比は半々。晴と入れ違いでカスタマー事業部に配属された相川さんも座っていた。

社長の目線がフッと上がる。後方に座る5年目社員一人ひとりに目線を配る。

「そして、今日は5年目研修の社員たちもいますね。5年目ともなれば、先輩らしいオーラが出てきたころかと思います」

先輩らしいオーラ…。出てる?私。私だって人事部1年目だ。その点では新入社員と変わらない。私はもうフレッシュじゃないのか。

先輩らしさ?

そもそも、らしさってなんだ?

新しい人は常に新人らしくフレッシュじゃなきゃいけないのか?

それは、ちょっと、押し付けがましくない?

そういえば、小学6年生が中学に上がったら、ひよっこみたいな扱いになるよなぁ。小学校のときは「最高学年です!学校全員のお手本に!」って言われて責任感持たされてたのに、中学に上がったとたん「1年生」だもんね。元気が1番!みたいな。小6のときは「下級生には優しくしましょうね」なんて言われていたのに、中学では上下関係とかいって優しくしてもらえないの。急に敬語使いなさいとかね、よくわかんないよね。

「では、始めてください」

いつのまにか、社長がいなくなっていた。司会をしている梅津部長の声で、はっと我に返った。

え、なにを始めるって?しまった、聞いてなかった。周りが一斉に席を立ち、机や椅子を移動し始める。
晴も席を立ちながら、慌てて配布資料をめくり、スケジュールを確認する。次はなんだ…あ、グループワークか。

新入社員と5年目社員が入り混じって、意見交換をする。グループも、あらかじめ指定されていた。

晴は、5つあるグループのうち、Aグループ。相川もいるから、おそらく、あいうえお順の早い順たちの集まりだ。新入社員5人に対して、5年目社員が晴1人。
意見交換のテーマは「仕事における悩みについて」だった。

そうだったそうだった。そういえば、事前にアンケートを取られていたんだった。

アンケートを取られたときは「いかに効率よく仕事を進められるか」と無難な回答をしていた。でもそんなことより、5年目社員はフレッシュじゃないのかという悩みができて、気になっているところだ。

でも、当然、そんな悩みは言えるわけがない。そんなふざけたことは内にしまっておかないと。

グループワークは、それぞれが事前に回答していた悩みに、それぞれがぼんやりと「そうだよね、そうだよね」と肯定し合って終わった。

研修、終わったぁ。

人事部に帰ると、朝井が湯気の立つお椀を抱えていた。

「おかえりなさい」

給湯室から、味噌のいい香りがする。森岡が顔を出して声をかけてくれた。

「豚汁、ありますよ」

菅沼も、食べている。

「森岡さん、おいしいです!」

「喜んでくれると、作り甲斐がありますね。おかわりもありますから。大崎さんも、ほら」

「ありがとうございます、いただきます」

「大崎さん、性格診断、やりましょう。結構当たるんですよ。今、菅沼くんが終わったところです」

「僕はあまーいイチゴタイプでした」

「イチゴ?」

「フルーツ診断です。菅沼くんはイチゴ、私はみかん、田淵さんはぶどう、森岡さんはパイナップルでした。部長はまだなんですけど。始めますよ。イエスかノーで答えてくださいね。えっと、休日は、アクティブに過ごしたいですか?」

「アクティブ?」

「スポーツとか、アウトドアとか、ショッピングとか」

どうだろう。スポーツ?たまにアパートの周辺を走ることはある。でも、走らないこともある。アウトドア?ショッピング?

「悩んでますねぇ」

「…時期に、よるかな」

「時期?」

「春とか秋だったら、出かけたいってなるけど、夏は暑いからちょっと」

「あぁー、僕それ、わかります!暑いとすぐバテちゃいますよね」

賛同者がいると、嬉しくなる。

「そうなの。あと、1人かどうかも気になるかも」

ひと足先に昼食を食べ終えた田淵が、コーヒーを片手に戻ってくる。

「診断、1つ目の質問から進んでないじゃん」

「そうなんですよ、大崎さん、どっちですか?」

「うーん、どっちだろ」

田淵がしびれを切らす。

「先週末は何してたの?」

「家でゴロゴロしてました」

「じゃあ、いいえだ」

「えぇー」

「進まないんだから、いいじゃない。朝井さん、次いこう」

なんとも強引に進められた結果。

「大崎さんは、グレープフルーツタイプです!当たってます?」

「うーん、どうだろう」

「あ、違いました?やっぱり、アクティブだった時のパターンも、やってみます?」

いやいや、いい、いいよ。

「僕、やり直してみていいですか?もしかしたらイチゴじゃないかもしれない」

盛り上がる2人に任せて、給湯室に入る。

「森岡さん、豚汁、おいしかったです。ごちそうさまでした」

「どういたしまして」

森岡は、部長の分を残しておきましょうね、とお椀によそいながら、ぼそ、っとつぶやいた。

「イチゴって、フルーツじゃなくて野菜なんですけどね」

「え?」

「果物って、木になるんです。苗になるのは、分類上は野菜なんです。イチゴって、苗でしょう。だから、イチゴは厳密にはフルーツじゃなくて野菜なんですよ」

知らなかった。

「果物に見えてそうじゃないことも、あるんですよね。まぁ、イチゴが野菜だって言われるのも、なんだかしっくりはきませんが」

デスクに戻ると、フルーツ診断の話はもう終わっていた。

「週末、子どもと肉フェスに行くんだよね」

「田淵さん、お子さんいらっしゃったんですか?僕知らなかったなぁ」

「うん。4歳」

「肉フェス、いいですね!提供で入ってるから、うちのお米も使われてるんですよね?え、みなさん行きません?」

「行きたいけど、僕は実家に帰る用事があるんですよね」

「部長は?」

「娘のバドミントン大会の応援に行かないと」

「森岡さんは?」

「猟友会の仲間たちと鹿狩りに」

「大崎さんは?」

「…ひ…ま…」

朝井の目が輝く。

「行きましょう。アクティブに過ごすチャンスじゃないですか」

土曜日。

結局、押されて来てしまった。

肉フェス会場は賑わっていて、大小さまざまなテントが立ち並んでいる。タレの匂い、香ばしい煙が充満していて、香りだけで白米が欲しくなる。地元の飲食店や有志たちが出店していて、ステーキ、ハンバーグ、チキンソテー、肉ならなんでもありのフェスだ。

目印の集合場所には5分前には着いた。田淵親子らしき人影が見える。

「恭介、あいさつは?ほら」

「こんにちは!」

「はじめまして」

何歳ですか?と聞く前に、右手の指をめいっぱい広げて教えてくれた。

「5さい!」

「じゃなくて、4歳でーす」

田淵が恭介くんの親指を優しく折りたたんで答える。

「でもー?」

折りたたんだ親指を、ゆっくり戻す。

「もうすぐ、5歳でーす」

恭介くんが、キャハハ、と笑う。

かわいい。

「田淵さん!大崎さん!」

時間通りに、朝井も合流した。

「それぞれ食べたいものを買って、また戻ってこようか」

「そうですね」

「お母さん、はやくー」

「行こう、行こう。なに、食べる?」

晴は、朝井と一緒に会場をぐるっと一周した。

よし。

牛タン丼に決めた。朝井は同じ店舗のガーリックステーキ丼に狙いを定めたようで、一緒に並ぶ。

店舗を回しているのは、注文と会計担当の女の子1人と、裏方の調理役2人。手際が良く、スムーズに進む。

晴と朝井の番が来た。

「お待たせしました!ご注文お伺いします」

「ガーリックステーキ丼を1つと、牛タン丼1つお願いします」

「かしこまりました!」

会計を終えて、待つ。ジュッと肉の焼けるいい音も匂いもする。

「お待たせしました!」

ガーリックトッピングがたっぷり乗ったステーキ丼と、これでもかと盛り付けられた牛タン丼。おいしそう。

「あの、もしかして」

2つの丼を渡しながら、女の子が朝井に話しかける。

「朝井さんですよね?」

「え?」

「就職フェアにいらっしゃいませんでしたか?」

「あぁ!そうですそうです!」

「私、参加してたんです!お話聞きに行きました。今は、ここでアルバイトしてて」

そういえば、いたような気がする。フェアのときは、ポニーテールの位置が今よりもう少し低かったような」

朝井さんも、思い出したらしい。

「覚えてくださってたんですね!ありがとうございます、就活、がんばってくださいね」

「はい!」

丼を持って会場を歩き、田淵親子と合流する。

田淵は、トレイを2つ手に持っている。あちらも、目当てのものを買えたようだ。

4人で、席に着いた。恭介くんの前には、ハンバーグ。田淵の前には、唐揚げやポテトフライが盛り付けられ、ミニサイズのオムライスに旗がついている、お子様セットのようなトレイが置かれている。

「恭ちゃん、いただきます、しよう」

「いただきまーす」

「はい、どうぞー」

恭介くんが食べ始めたハンバーグセット、なかなか大きいな?

「私がお子様セットなのよ」

田淵には毎回、思ったことを見透かされる。

「私、このポテトが好きでね」

星型のポテトフライ。

「子ども向けなのか、塩気が少ないところがいいの。つい、あると食べたくなっちゃって。で、恭介は、いかにもお子様、って感じの料理が苦手でね。子どもならこれ好きでしょ、みたいなのが嫌だったりするのかね」

それはちょっとわかる気がする。子どもだけど、子ども扱いしてほしくない気持ち。

田淵は、星形ポテトをちびちび食べながら、常に恭介くんを気にかけている。

「ハンバーグやわらかい?」

「うん」

「野菜もあるよ」

「たべる!」

「お米おいしいね」

「お母さんも、たべる?」

「ちょっともらおうかなー」

ソースまみれになっている口も、ときどき拭いてあげている。

「おかあさん」

「うん?」

「れんじゃあ、みにいく」

田淵が時計とチラシを交互に見る。そろそろ、会場の特撮ステージで戦隊もののショーが開催される予定になっていた。

「そろそろ始まるね。見に行こう。2人とも、ごめん、ちょっと、レンジャーショー見てくる」

仕事してるときとは、違う顔してるなぁ。

「田淵さん、今日は母、って感じだね」

「ですね」

「職場にいるときとは違って見えるね」

恭介くんと手を繋いで歩いていく田淵の後ろ姿を眺める。

「大崎さんも、最初のころと今とで印象違いますけどね」

「そう?違う?」

「最初は、ザ•A型!って感じでした」

「私、B型だし」

「ですよね!だって、傘、タグついたまんまですもんね」

あ、ばれてたのか。

「よく見てるね」

「すいません、気になっちゃって。実は私もB型なんですよ」

「え、ぽくないね」

「私はO型っぽいって、よく言われます」

同じ血液型なのに違う血液型に見える2人。ふふ、と笑い合う。

「その人らしさって、わかんないもんだね」

「いいんじゃないですか、らしくても、らしくなくても」

らしさって、あるようなないようなもの。絶対こうじゃなきゃ、なんてないのかもしれない。

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