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【お仕事小説】晴は疑問符抱えてる[2]働く、がわかりません

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義務教育が終われば、勉強から逃げられると思っていた。

けど、違った。中卒で社会に出るなんてほんのごくごく少数派。高校に進学するのがあたりまえだった。でも、中卒で働くとしても、やりたい仕事なんてなかったから、周りと同じように進学を選んだ。

同級生たちがいろんなパンフレットを見比べて、制服のかわいさや校則のゆるさ、ショッピングモールに近い、とかそれぞれの基準で選択肢を絞る中、そのほぼすべてに興味のなかった晴は、自分の偏差値で行けそうな安全圏の高校に入学した。

「高校は義務教育ではない」が合言葉のような、厳しい高校だった。文理選択は、数学が苦手だったから問答無用で文系。文系科目ができるわけじゃない。圧倒的に数学ができなかった、ってだけ。

結局、大学も偏差値で決めた。家から通える大学を探したら、そこしかなかった。

大学で4年学んでも、やりたいことは見えてこなかった。でも、文系の学部はよほどのことがない限り大学院には進学しないと聞いて、もう私に猶予はないのだと思った。

勉強から逃げたいと思っていたのに、勉強に逃げたくなる。

でも、いよいよ就活するしかない。

就活サイトや学校の組むスケジュールに従って、たまたま地元の企業を受けたら、たまたま受かった。それがコマド精米。

カスタマー事業部に配属されて、4年になる。5年目の春、初めての異動。

晴の送別会と新人の歓迎会は、同時に行われた。いつもは別々の日程で行われるのだけれど、今年は異動が晴だけ、配属も1人だけということで、一緒にしようという話になったらしい。

平日のお昼でもコールセンターは開いているので、事業部の誰かしらは会社に残らないといけない。

何かあった時のために、すぐに戻れる会社近くのお店で、ということで選ばれたのが、この中華料理屋だった。

晴は、天津飯定食を頼んだ。
中華といえば、晴にとっては天津飯だ。

新人の相川さんには学生時代から付き合っている彼氏がいるらしい、というところまで話が進んだところで、お開きの雰囲気になった。永島部長が締めの挨拶をする。

「大崎さん。人事部でのさらなるご活躍を期待しています。相川さん。相川さんの教育係は佐野さんにお願いしてあります。佐野さん、よろしく頼みますね」

「はい。相川さん、わからないことがあったら聞いてくださいね。私もわからないこと多いんだけど、ね」
と、隣に座っている私の顔を見て言った。明らかに、私に向かって言った。

え?

それって、一緒に先輩としてがんばろう、的な意味?

「佐野さん、相川さんはこっちですよ」

「そっちは大崎さん」

パートの面々が慌ててフォローに入る。
あ、やっぱりそうだよね。

「あら、えぇ!」

慌てる、よね。

「もう!ごめんなさい間違えちゃったわ!もう、忙しくて覚えられなくて!ごめん!」

佐野さんには、その後会計が終わっても本当にごめん、ごめんねと何度も謝られた。

こんなとき、気の利いた返しができたら。冗談の一つでも言えたら。素直に顔をひきつらせて地獄の空気にしてしまっている自分。存在感がないのはわかってる。間違えられた時にうまい返しの一つでもできていたら、きっと名前も顔もちゃんと覚えられていたはず。

「大丈夫です、ほんと、あの、気になさらないでください」

佐野先輩は1年目のとき、デスクが隣だった。私が新人の時の担当も、佐野先輩だった。私語などをするタイプでもなく、教育係だったけど忙しそうであまり話はしなかった。困ったらマニュアルを見れば解決できた。でも、隣で見ていて仕事ぶりを尊敬していた。こんな先輩になりたいなぁ、と思っていた。だから覚えられていなくても致し方ないと思うし、むしろ先輩に申し訳ないと思われることが申し訳ない。

送別会兼歓迎会は、その場で解散になった。

晴は、午後から有休を取っていた。引き継ぎは午前中に終わらせていたし、人事部の本格始動は明日から。やり残した仕事もないから、そのまま帰宅した。

転職しようかなぁ。

近ごろは簡単に転職できる。新卒で入った会社で定年まで、なんて一昔前の価値観らしい。でもやりたいこともないからなぁ。

翌朝。

「今日からいよいよ、今年度の人事部が始動です」
梅津部長の短いあいさつのあと、各担当で細かい打ち合わせが行われた。

「大崎さん、よろしく。採用担当は、大崎さんと私、田淵です。わからないことがあったら、というか、わからないと思った時点で、私に聞いてね」

「はい」

「今の時点で、わからないことは?」

「えっと、とりあえず大丈夫です」

「何か、ない?なんでもいいから、質問してみて」

「なんでも、ですか」

「なんでも」

がんばって絞り出してみる。

「なんで、私は人事部なんでしょう?」

田淵は、予想外の質問だったからか、少し驚いていた。

「うーん。私が決めたことじゃないからなぁ。人事部に必要だと思われたから、なんじゃない?」

どうなんだろう。

「で、まずは、今週末の就職フェアなんだけど」

5月には、地元の企業が多く参加する合同会社説明会がある。

「就職フェア」と称され、だいたい毎年この時期に行われる。「フェア」と聞くと、デパートの「北海道フェア」「沖縄フェア」のような物産展が思い浮かぶ。実際、参加する側に気軽にきてくれることを期待してのネーミングなのかもしれない。

でも、開催する側の立場になった今、そんなに楽しい響きがむしろ腹立たしい。なんだ、フェア、って。

「と、いうことで、当日、よろしく」

田淵と晴、応援で他の人事部の面々も手伝ってくれるので心強い。

「もし私が体調崩したら、説明するのは大崎に任せるからね」

そう言われてからの毎日は、プレッシャーだった。
原稿も、スライドも、読み込んだ。と同時に、絶対に田淵さんが元気でいられますようにと願った。

当日。

会場は、市内の産業会館。部活の大会や演奏会など、いろんなイベントが毎週のように行われる場所で、コマド精米が取引している地元大手のスーパーが目の前にある。

説明会自体は昼から夕方にかけてだが、準備は朝から行われる。

就活生が座る椅子や、スライドのためのモニター設置、パソコン接続はこちらでやることになっている。
会場に着くと、同じように説明会に参加する企業の人たちが、せっせと準備を進めている。毎年のことだからなのか、みんな慣れた手つきで準備を進めている。

「今年はブース手前なのかぁ」

パイプ椅子を3脚ずつ両手に抱えながら、先を歩く田淵が言う。晴は2脚ずつ持つので精一杯だ。歩くのが早い田淵に、小走りでついていく。

「まぁ、いいじゃないですか」

コマド精米、と書かれた看板を抱えて横を歩く朝井が言う。

「そうだね、仕方ないね」

なにが?一体、なにが?手前だと何か都合が悪いのだろうか。

「大崎は初参加だもんね」

「すいません」

なぜか謝ってしまう。

「朝井さん、看板設置、あの辺でよろしく」

「わかりました、行ってきますね」

重そうな看板を軽々持って、朝井がスタスタ歩いていく。

「手前のブースかぁ、ってどういうことだろって、考えてるでしょ」

ばれてる。

「去年は、もうちょっと奥だったんだよね。手前だと少し不利なの」

「不利…ですか」

どういうことだ?

「お祭りは好き?」

「お祭り?」

フェアだから?

「たとえばの話だよ」

「たとえばですか…」

「ほら、夏祭りとか。もし行ったとして、屋台で何食べる?」

想像してみる。夏の夜、気温と人の熱気。屋台の灯り。香ばしい、炭の香り。

「焼き鳥とかですかね」

「いいね、焼き鳥。モモとか皮とか。店によっていろいろあるから迷うよね」

「そうなんですよ。値段と大きさを見比べて、なるべく大きくて値段がお手ごろなものが買えたら嬉しいですね」

「それよ」

「え?」

「焼き鳥、何軒か見てから買うってこと。お祭り会場に入ってすぐ、最初のお店が焼き鳥だったら、買う?ちょっと、様子見よう、ってならない?」

「よっぽどお腹が空いてなきゃ、ないですね」

「それと一緒。最初の店で何か買うって、なかなかないのよね。こういう場所の場合、もともとウチに興味があって、って子は入ってくれると思うんだけど、そうでもない子は素通りしがちなところなんじゃないかな。だから、採用活動としては、入り口付近のブースってちょっと不利かもね」

なるほど。

「何のあてもなく来ました、って子は、序盤は様子見しながら進んでいく。で、そろそろどこか入ろうか、って、奥のブースに出してる会社にふらっと入るの」

それって、昔の私じゃん。私が就活生だったとき、こういう就職説明会に参加したことがある。コマド精米も出展していて、ブースは確か奥の方にあった気がする。お目当ての企業なんてなく参加したから、なんとなく知ってるコマド精米の名前が見えて、なんとなく説明を聞いたんだった。まさに、この辺で1つくらい見となかなきゃ、と思ったタイミングだった。

「でも、ここは出口にも近い。なんとなく見て回ったけど、最後にもう1つ、ってときに選択肢になるのはこの辺のブースの強みよね。わざわざ奥まで戻りはしないと思うし。それに、寄ってもらえなかったとしても、ウチの名前を覚えて帰ってくれさえすればいいのよ。それな、ここならスーパーのお客さんの目にも止まるし、お、がんばってるな、って思ってもらえるかもしれない。一見採用活動だけど、広報活動にもなるってこと」

さすが、元広報部。

フェアが始まった。

思ったよりは人の入りがあったが、ピークは最初の1時間で、だんだんと人の出入りは少なくなった。

「大崎、休憩行ってきて」

こういうときは、先輩を先に立てるもの。

「いえ、先輩お先にどうぞ」

「もう少し入りそうだから。それに、今のうちに休憩がてら、ぐるっと一周してきてほしい。他のブースがどんな感じか、偵察も兼ねてさ」

そう言われると、食い下がれない。

「お先に休憩いただきます」

「いってらっしゃーい」

偵察を兼ねるなら、採用担当としてではなく就活生っぽく回りたい。「そんな感じで、人事なの?社会人なの?」と思われたくもないし。

「関係者」のネームホルダーは外すわけにいかないから、せめても、と思ってスーツの上着にしまう。青いヒモも目立つから、バインダーを胸の前で抱えて隠す。

知っている企業、知らない企業、いろいろだ。大手企業には、やっぱり人が多く集まっている。ブースを奥に進んでいくと、主催者による就活講座のビデオが流れていた。企業のブースよりも少し広くとってあるスペースに、椅子が並べられている。休憩スペースにもなっているのか、就活生が何人か座っている。

「ここまで、面接のマナーについてお話ししてきました。ではここから、実践編です。よく聞かれる質問と、その解答例を再現しています。見ていきましょう」

明るい女性の声と、「よくある質問と解答例」のテロップが出る。続けて、長机にスーツ姿の面接官が映る。

「土日祝日に勤務の可能性がありますが、出勤できますか?」

スーツを着た就活生役の女の子に切り替わる。

「はい。働けます。私は運動部に所属していますので、体力には自信があります」

「全国転勤がありますが、大丈夫ですか?」

「はい。どんな土地でも働けることに、喜びを感じています」

え、ほんとうに?これが模範解答なの?

いいの?

本心はどうなんだろう?

本当は嫌、とかあるんじゃないの?受かるために、本当は嫌な休日出勤も全国転勤もオッケーと答えているんじゃないの?

これが模範解答なの?

本当の希望って言っちゃだめなんだろうか。

もし嫌だったとしても、ここで「大丈夫」と言ってしまえば「面接では大丈夫と言っていたのに」となってしまわないのだろうか?

建前だけの面接なのでは?

働くって、我慢なんだろうか。こうしたい、こうしたくない、は言っちゃダメなんだろうか。

そもそもみんな、働きたくて働いてるの?

就職フェアは無事に終わり、片付けも終えて帰宅した。

大手の転職サイトを開く。登録しなくても、求人情報は閲覧できる。

年間休日120日
完全週休2日制
土日祝休み
残業なし

条件を入れて、検索してみる。案の定、検索結果は0だった。だって、働きたくない気持ちがあふれているものね。

働きたくない。基本、働きたくないのよ。

「なんで、働くんでしょうか」

週明けの月曜日、田淵に質問をぶつけてみた。わからないと思う前に聞いてって、言われたから。

「なんでだろう?大崎は仕事、辞めたいの?」

辞めたいわけじゃない。そりゃ、宝くじで一生暮らせるほどの大金が手に入ったら辞めるかもしれないけど。今の状態で辞めるわけにはいかない。

「辞めたいわけじゃないんですけど、単純に、なんで働いてるんだろうって」

「さぁ、なんでだろうね」

聞いて、と言うわりに、答えが返ってこない。

帰宅すると、チラシに紛れて白い封筒が入っていた。結婚式の招待状だ。

ほんと、なんで働いてるんだろうな。

結婚したら、仕事、辞められるのかなぁ。

↓3話


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