BBキングと味噌汁
そう、
まさしく都会の喧騒にのまれて、というかんじ。
働き詰めでプレッシャーに押し潰される毎日に疲れて、思い切った休職。私は今、祖母の家の縁側にいる。
「人里離れた」というワードがよく似合う。
むしろこんなに似合うところがまだ、今の時代にもあったのか。まぁ、結構な長い時間を電車に揺られてきたわけで、物理的に「離れた」わけなんだけど。と、
ぐるぐると終わりの見えない問答を頭の中で繰り返しながら、「離れた」を「逃げた」に変換する自分がいる。
はあ、それにしても、なんとまぁ。静かなところだろう。余計な音が何一つない。聞こえるのは鳥のさえずり、風の揺らぎ、そして蛇口を捻る音。なにもかもが生き物の音、自然の声だ。
ーなるほど人間は、音がないところでこそ音を聞きとるものなり。
なんて、いかにも哲学的なことが浮かんでは消え、消えてはまた浮かぶ。
はあ、と二度目の大きなため息を吐き出し、転んで擦り剥いた足をぶらぶらと縁側へ遊ばせていた。
✳︎
それからどのくらいの時間が過ぎたのか。いや、過ぎてないのか。縁側で佇む猫のように、だらけ切った身体を横たえ、頭だけはあまりの静けさにしびれを切らし始めた。
「これこれ。あのとき先輩が送ってくれたんだっけなぁ。」
指は自然と、携帯に保存されたあるデータを探り当てる。
まだ働き始めの頃。珍しいところに連れてってやる、と腕を引かれ、行き着いたのはセッションバー。入り口前の黒板にでかでかと書かれた「ブルースセッション」の白い文字に気圧されながら、薄暗い階段を降ればもう後戻りはできない。聴き慣れないギターやドラム、渋いオジサンたちの嗄れた歌声、そして何より鼻を霞めるタバコの煙にひどく戸惑った。
The thrill is gone
The thrill is gone away
The thrill is gone baby
The thrill is gone away
「お味噌汁、できたよ」
そんな彼女の言葉に私は一気に呼び戻され、ひょこひょこと足を引き摺った。いただきます、と一口かき込むと、なんとも懐かしい温度が身体を上から下まで包み込む。
The thrill is gone
It's gone away for good
Someday I know I'll be open armed baby
Just like I know a good man should
「こんなに、沁みるんだ。」
ふいに洩れた言葉に、まだ痛むかい?と祖母は足に目をやる。
You know I'm free, free now baby
I'm free from your spell
「そんなに悪くないよ。ありがとう。」
私はもう一口、まだ湯気の立ち込める味噌汁を口に運んだ。
ち綾
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