見出し画像

2016年10月13日・プミポン国王崩御の思い出

このNoteを書いている2024年10月14日(月)はラーマ9世プミポン大王の命日の代休。8年前の2016年10月13日、プミポン国王(便宜上、国王と表現)が崩御された。 1日遅れてしまったが、その時のことを少し思い出してみる。

当時、チェンマイでクラシックの音楽の祭典があり、その一環で初めて「第九」に挑戦する予定だった。練習は足りてなかったが、なんとか本番までに追い込んで間に合わせるつもりだった。
しかし数日前からそろそろその日が来てしまうのではないかという噂があり、ついに実現してしまった。
国中から尊敬されて国民の父を崇められていたプミポン国王を悼む声は大きく、チェンマイも町中がシーンとしてしまったような印象だった。
何より驚いたのが、私たち外国人も猛烈な「喪失感」に覆われたことだった。

王様の偉業を讃える文献やいろいろな逸話は数限り無い。中には神格化・伝説的なものもあったが、多くは本当にプミポン国王自身が国や国民のことを思い結果生まれた成果から来たものだった。

「足るを知る」精神の実施の呼びかけ、野犬の屠殺処分禁止、各地に広がるロイヤルプロジェクトなど、本当に実績は大きい。
私たちタイに住む者も、何かそうしたプミポン国王の持つ「オーラ」のようなものに温かく守られていた、その温かみがご本人の崩御とともに失われてしまった・・・そんな気がしたのだ。

追悼の式典に参加した。国王讃歌を覚えて歌った時、「第九」よりもこれに参加できて良かったと心から思った。
ただ一人の国家元首が亡くなった以上のものを感じることができた。
それは一生の宝物だと誇りを持って言える。

タイの偉大なる父よ。私たち外国人も受け入れてくれてありがとうございました。
私たちも、あなたの子供だったのかもしれません。
#プミポン国王 #追悼

注:政治・宗教などを超えた個人の考えです。批判・反論・指摘等は一切無用です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?