やまねこの勉強会
【勉強会については、やまねこ翻訳クラブに了解を得てから公開しています。】
やまねこ翻訳クラブの勉強会に初めて参加した。やまねこには4月に入会して、おしゃべり会、読書会などに参加してきた。掲示板でのやりとりも活発で、入会してまだ半年くらいなのにずいぶんと充実したやまねこライフを送っている。やまねこの勉強会には参加してみたいとつねづね思っていた。そんなところに、「通訳・翻訳ジャーナル」の誌上翻訳コンテストの案内がツイッターで流れてきた。課題はファンタジー、出題者は三辺律子さんだ。わたしはコンテストへの応募資格はないが、これは訳さなきゃ! と思い、訳してみた。幻想性の高いハイファンタジーなのでなかなか難しい。訳してみると、人と話したくなる。そうこうしているうちに、コンテストの締め切りが過ぎ、掲示板に事後勉強会のスレッドが立った。さすがやまねこである。どういう形での勉強会なのかわからなかったが、参加する方向で考えていた。そんなとき、ツイッターのタイムラインで原書を読んでいるやまねこさんを発見! なるほど。やはり訳すのであれば原書を読んだほうがいいな、と思い、読み始めた。今回の課題は、『A Song of Wraiths and Ruin』(Roseanne A. Brown著)の冒頭である。2冊にまたがる話で、1冊目は475ページ、2冊目の『A Psalm of Storms and Silence』は560ページある。長編ファンタジーは刊行されにくい、と聞くが、課題作の日本語版は三辺律子さんの訳で評論社から発売予定とのことだ。評論社と言えば『指輪物語』を刊行している出版社だ。自分が実際に訳す場合はまずは読んでから訳すので、勉強会の案内を待ちながらまずは原書を2冊読んだ。
8月20日にコンテストの締め切りがあり、参加者募集のスレッドが立ち上がった。ハンドル名とはいえ、訳書がある会員、これから出版翻訳者としてデビューする会員もいるので、著作権・守秘義務についての説明があった。9月20日に参加表明の締め切りがあり、10月に入ってからグループに分かれて勉強会が始まった。わたしが参加したチームは参加者が4名。初稿、改稿、最終稿と1週間毎に参加者限定の掲示板に公開する。公開された訳文に対して、ほかの参加者がコメントする。そのコメントに対して訳者が訳出根拠などを提示して原文理解が正しいかをすり合わせていく。意見が分かれる箇所については個別にスレッドが立ち、互いに調べたものを共有していく。そんなこんなであっという間に改稿の締め切りがやってきた。わたしは改稿では原文から離れて訳文だけで推敲してみた。ここでつくづくフィクションとノンフィクションの訳し方の違いを感じた。ノンフィクションはノンフィクションで難しさがあるが、今回の課題はヤングアダルト向けのファンタジーということで、『ハリー・ポッター』などに慣れ親しんだ若い世代に読んでもらえるように改稿してみた。これまでにさまざまな勉強会に参加してきたが、初稿、改稿、最終稿と3回訳文を出すことが決まっているものは初めてだった。ましてや先生ではなく同業の翻訳者から、それも複数の翻訳者から訳文にコメントをもらうのは初体験。三者三様のコメントで初めは戸惑ったが、訳出根拠を説明しているうちに方針が定まってきて、最後は最終的に決めるのは翻訳者本人と腹をくくり、今回は3回あるからと改稿はかなり大胆に手を入れてみた。すると案の定、初稿のほうがよかった箇所が出てくる。手を入れれば入れるだけ収拾がつかないかに見えたが、ところどころ初稿の訳に戻して、最終稿を仕上げた。自分ひとりで推敲するのと、第三者の目を通して読みにくい部分を指摘してもらいながら直すのではずいぶんと違い、初校、二校、三校くらいの感覚で取り組むこととなった。10月2日に初稿を提出して、17日に最終稿を提出したので、約2週間にかけて課題文を推敲したことになる。課題自体は500ワードくらいで、実際の本は2冊で1000ページを超えるのでこのペースで訳していては訳し終わらないのだが、改めて「ファンタジー、楽しい!」と思えた勉強会であった。今回は閉じた掲示板での勉強会だったが、勉強会終了後、この掲示板は削除されるらしい。グループに分かれて勉強会をやっていたが、終了後にZoomでの打ち上げがあるとのことだ。次号の『通訳・翻訳ジャーナル』で三辺律子さんによる講評が掲載されると思うが、三辺訳と自分の訳を比べるのも楽しいに違いない。同コンテストの最優秀賞(1名)は賞金が3万円、優秀賞(2名)は1万円だそうなので、やまねこさんから入賞者が出ることを願っている。やまねこ翻訳クラブでは「いたばし国際絵本翻訳大賞」の事後勉強会も毎年やっていたように思うので、応募する人は参加してみるとよいだろう。今年の課題作品は、『If I had a little dream』(作:Nina Laden、絵:Melissa Castrillon)だそうだ。
AI翻訳が席巻している昨今だが、この熱量で翻訳を勉強している人たちがいるのでまだ大丈夫なのではないかと個人的には感じている。わたしは昨年からヤングアダルトの勉強会に参加しているのだが、やまねこ会員の知り合いも増え、今年の4月に入ってからようやくやまねこ翻訳クラブに入会した。ベテランねこさんたちは面倒見がいいし、若手ねこさんたちは元気だし、層の厚みを感じる翻訳クラブだなあ、と思う。会費も手ごろなので関心のある人は入会してみたらどうかと思う。
最後になったが今回の勉強会を企画してくれたやまねこさん、同じチームで重箱の隅をつつきあったやまねこさんたちに感謝申し上げます。