私の人生観を根底から変えた一大事件⑤
赤ちゃんとお母さんであろうその女性は、救急車で病院に運ばれていった。
女性が最後まで「違う。私じゃない。」と言い張り、座り込んだ階段にも、血溜まりがあった。
後々になって、冷静になってから、結局その場で血を流しながらも、最後まで否認し続けた彼女の心境を考えたが、答えなんて出なかった。
胸が締め付けられるだけだ。
これからもそうなのだろう。
そこから、警察の現場検証が始まった。
それぞれそこにいた人達が、一人ずつ話をしながら再現をする。
そして、一通り現場検証が終わったあとは、事情聴取のために警察署の方に来てほしいと依頼された。
そこにいた従業員と常連客さん達と一緒に、警察署に向かった。
警察署に着いて、広い会議室みたいな場所に通された私達は、一人ずつ離れたテーブル席に座らされる。
そこから一人に一人の警察官がつき、事情聴取が始まる。
「悪いことはしてない」し、何ならきっと多分「いいことをした」のだろうけど、あの緊迫感はやむを得ないのだろう。
事情聴取を受け、事の流れを1から話している途中で、小走りで入ってきた警察官が少し高いトーンの声で「赤ちゃん大丈夫だそうです。命に別状はないし、今のところ大きな障害はないみたいです。」と教えてくれた。
また、目頭が熱くなったが、そこで少し緊迫感が和らいだように感じた。
皆が安心したのだろう。
ちなみに2人が運ばれたのは、私が新人看護師として就職し、あのNICUの経験をさせて頂いた総合病院だった。
「人生の伏線回収」を見ているようだった。
もちろん、漫画や小説などの物語のように狙って「伏線」を張ってきたわけではないけど・・・
私はその部屋の一番前の机に座り、一つ後ろの机には、私に声をかけ店に連れて行ってくれた従業員が座った。
事情聴取は、まず名前と住所から聞かれた。
私より先に事情聴取が始まった一つ後ろの席から、従業員の男の子が名前を言っているのが聞こえてきた。
なぜ、従業員の「男の子」と言うかというと、私と歳が一回り以上離れているが、いわゆるしっかりとした子で話が合ったため、普段から「弟」みたいに可愛がっていた。
私もその後、名前を言うと、それが後ろの警察官にも聞こえていたのだろう。
後ろの警察官が「え、どういうこと?兄弟?」と聞く。
そう、その「男の子」と私は同姓なのだ。
また、どちらかと言うと、私達の名字(姓)は、珍しい。
「いや、たまたま一緒なんです。全然兄弟とか親戚とかではないんですけど。」と答える。
ただ、ここからが面白くて、弟のように可愛がっているこの「男の子」と私の実の弟は『同姓同名』なのだ。
姓だけでなく名も、特に多い名前ではない。
違うのは、実の弟は2歳しか離れていないこと。
この当時、私は育ってきた環境のために、家族間の問題も多く、実の弟とは『疎遠』になっていた。
この出来事で、私の中の何かが崩れ、「こだわり」がなくなり、これからしばらくして、ふと思いつき自ら実の弟に連絡を取った。
実は私を気にしてくれていた弟から「お姉にばっかりいつも負担かけてきて俺こそごめん。」と言葉をもらった。
今はお互いの合った土地で暮らしているため、離れてはいるが、『疎遠』ではない。
そして、話を戻すと、この日は事件現場であったオーナーさんのお父さんのお通夜であり、オーナー不在であった。
NICUとホスピス(緩和ケア)での看護は、私の看護師人生においても、とても葛藤が大きかったとともに、やりがいをとてつもなく与えてくれた。
『生命』について常に模索していた私は、この日、「死」と「生命の誕生」のどちらのテーマも同時に味わった。
私の「このお店の弟」は、その日店長として、オーナーに店の留守を託されていた。
そんな時にこんな出来事が起きて、プレッシャーは計り知れなかっただろう。
その後何度も「この店の弟」からは感謝を述べられた。
実弟と同姓同名の彼から。
かれこれ事件後5〜6時間は経過した頃、私達はやっと開放された。
カーディガンもスニーカーも血液が付着していたが、全く気にならなかった。
ただ、しばらくは興奮状態だったことは覚えている。
この日自宅に帰って、ホスピス時代の仲良し5人組のグループラインで、この気持ちを落ち着かせるために今日のことをシェアした。
誰もが「そんな事ある?」と驚いていたが、「さすが◯◯ちゃんやね。肝が座ってる。引きが強い」と言われた。
後日談。
赤ちゃんは、その後も検査結果に問題なく、身体に問題なく経過したようだ。
「例の女性」も入院となり、無事産後回復。
身体の回復を待ち、「保護責任者遺棄罪」で逮捕された。
彼女は、未婚で妊娠をし、相手は不明(ここはそのように聞いた記憶があるが、本当のところは定かではない)。
自身の両親と暮らしていたようだが、両親にも話せず、一度も受診をしていなかったようだ。
両親は娘の妊娠には気づいておられなかったとのことだ。
そして、事件数日前に、現場であった店の隣のバーに一度来ていたとのことで、その日はその時に出会った従業員はいるかと、隣の店にまず入ったとのことだ。
彼女なりに、一度でも顔見知りの人がいる所に行きたかったのだろう。
その時から計画していたのかもしれないが、そこもあくまで憶測だ。
そして、その日、彼女の目当ての従業員はお休みだったので、隣の店に流れてきたとのことだ。
どちらにせよ、こちらの店に来たとしても、「顔見知り」はいなかった。
なぜ、彼女は最初の目的の店ではなく、「この店」で最終的に産んだのか、そして、なぜ、私は半年以上行っていなかった「この店」に行くことになったのか。
「神様のいたずら」
いや、
「神様の采配」
だったのだろう。
ちなみに、誰も彼女の妊娠にはもちろん気づいていなかった。
その場にいない人は「気づかんかったん?」という人もいるが、そんなものなのだ。
バーという環境で、端からそれはないという「思い込み」からかもしれないが、当日も彼女はお腹が目立たないダボッとしたワンピースを着ていた。
赤ちゃんは・・・「乳児院に行くことになるだろう。」とのことだった。
事件後の連絡は、「店長」の弟にいっていたので、私は彼に報告を受けた。
その後のことは、彼は知っているのかも、私は知らない。というか、聞いていない。
興味がないわけではない。
間違いなく、「私の人生最大の事件」であり、この事件が私を大きく成長させてくれた。
赤ちゃんにもとてつもない御縁を感じている。
そのお母さんにも。
ただ、興味本位で聞いても、その後の彼女らの人生は、私がとやかく言えることではないし、今のところ私が何かをするべきではないので、聞かないし、調べていない。
でも、色々な状況の方の『メンタルケア』をしていきたいと思ったのは、間違いない。
私はあの時出会った全ての人、出来事に感謝をしている。
5回に渡り、読んでくださった方々、ありがとうございます。
ストーリーは今回で終わりですが、後日、ここからの考察を書けたらと思います。
みなさんも何か感じていただけることがあれば幸いです。
Anna Rose
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?