死神のリスト
人が死んだとき、生きていた時よりも晴れやかな顔をしているように見えるのは私の気のせいなのか。少なくとも、牧野さんの死に顔はそんなふうに見えた。
牧野さんは私からクビを言い渡されたあと、ビルの屋上から飛び降りて死んだ。ちょうど、その時、私は次にクビを言い渡す人間のリストを作っていた。
文学的な意味において人間が死んでしまうのは、人から忘れ去られたときと、感情を失くしてしまったときだと思う。私の場合は明らかに後者だった。
会社の応接室に人を呼んでクビを言い渡すとき、その人の人生が壊れるだけでなく、私自身も人としての大切な何かを失っている。そんな私を会社の連中は陰で死神と呼んだ。なるほど、私は冷徹な死神にちがいなく、人としては完全に死んでいた。
牧野さんの葬儀が終わったあと、私は会社に辞表を提出した。それが私なりに出した答えだった。冷徹な死神にも辛うじて人としての感情が残っていたのである。けれど、行き場をなくした感情は、束の間の自由を得た私に自堕落な生活を与えた。昼間からパチンコ屋に入り浸り、ビールを飲みまくる人間以下の生活。そんな生活が3ヶ月ほど続いたある日、私は深夜の公園で昔の同僚にばったりと出くわした。青野さんという名前の、かつて私がクビにした人間だった。
私と青野さんは缶ビールを飲みながら互いの近況を語り合った。私は、自分のせいで牧野さんが自殺したことや、前の仕事が嫌になって辞めたことなどをすべて打ち明けた。話していて勝手に涙があふれた。青野さんは私にハンカチを差し出して言った。
「みんな、あんたのことを死神だって言うけど、俺はそうは思わなかったよ」
前の会社にいたとき、彼は心をなくした人形のように働いていた。そんな時にわたしからクビを言い渡され、かえって心が軽くなったという。彼には秘かな野望があった。彼はこの春、都内に清掃会社を立ち上げたばかりだった。それが社会からドロップアウトした人たちの受け皿になればいいと考えてもいた。そのために今、昔の同僚に声を掛けて回っているという。
「私にも手伝わせてもらえませんか?」
私は青野さんの前に手を差し出した。青野さんがやろうとしていたのは、私が今までにやってきたこととまるで逆だった。人から尊厳を奪うのでなく、希望を与えて活かすのである。私は今度は希望を与える側でありたいと思った。私たちは深夜の公園で握手した。春の夜風が肌に心地良かった。