板チョコの思い出
高槻を出た新快速電車はぐんぐんスピードを上げて大阪へ向かう。進行方向右側にお菓子工場の板チョコの壁が見える。ミホはそれを見て、アイツ何やっているのかな、としばし感慨に耽る。
トモはミホの幼なじみだ。物心ついてからミホとトモは近所同士のつきあいがあった。ミホの家にトモが行ったり、トモの家にミホが行ったり。両家とも親から、おやつだよ、二人で仲良く分けなよ、と板チョコを渡される。板チョコを分け合って食べる時の多幸感。初恋の味はチョコ、と二人して刷り込まれた。
成長して、バレンタインデーはミホから、ホワイトデーはトモから、板チョコをプレゼントするのがお約束。それでなくても、お互いに板チョコがコミュニケーションのツール。ミホが物悲しい表情をしてたらトモが板チョコを差し出して「食べなよ」と。トモが寂しそうに一人でいたらミホが板チョコを出して「食べて」と。そんな関係が長らく続いた。
同じ大学に進学した二人。デートでも板チョコを分け合って食べるのが至福のひととき。二人で熱い夜を過ごしても、他の友人と遊びに行っても、いつもお互いカバンに板チョコを入れている。回りに「板チョコのカップル」と囃し立てられても全然気にしない。それが二人のルーティンだった。
でも、トモは東京の会社に就職して、二人は離れ離れになった。すっかり疎遠になって、ミホは寂しくなった。そんな彼女は会社で後輩たちと板チョコを分け合っている。食べなよとミホは可愛い後輩に振る舞うのが板についた。
ミホを乗せた新快速電車は大阪駅に着いた。駅を出て、近くのコンビニで板チョコを買って会社に向かう。今日も一日が始まる。ミホはミホらしく、仕事に取り組む。
(おわり)