【ショートショート】レモンとおじさん(2)〜はじまりの月夜に〜
暗い、暗い夜の海
一筋の光が、揺れている
その先に、浮かぶのは、月
まんまるく、黄色い光に
見惚れていると、吸い込まれるよ
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一隻の、小さな船が海に出た
オールを握る、おじさんの手
ゆっくり、ゆっくり、漕ぎ始める
沢山のものと出会い、育み、慈しんできた
そうして蓄えたものたちに、ひとつずつ、さよならを告げる、そんな旅
潮が満ちて、引いてゆくように
悲しいことではない
進むことでも、戻ることでもない
ただ、そうしなくてはと、おじさんは思った
それでも時々、気まぐれな風が
淡い記憶を、切なさを、運んでくる
その度におじさんは、静かにオールを握る
おじさんは、レモンを見つけた
台所に、ころんと放り出されたレモンを
そして思い出した、色々なこと
新鮮な日々を
さわさわと揺れるように、
時が流れてゆく日々を
おじさんは、上着を羽織って、家を出た
ポケットに、葉っぱが一枚くっついた、
レモンを入れて
おじさんは、レモンが酸っぱいことを、知っている
おじさんは沢山のことを知りすぎてしまった
でも、実際にかじってみたことはない
おじさんはポケットからレモンを取り出して、固い皮を剥いだ
そして、一口、小さく齧ってみた
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潮が導き、船は進む
オールの先が、月の光に
そっと触れた
・・・
2024年3月23日
自主公演「夢かもしれない」にて上演