【ショートショート】カールおじさん
カールおじさんは、吉祥寺にいる。
吉祥寺サンロード商店街か、井の頭公園によく現れた。天気の良い日は決まって商店街に出没する。
服装はいつも同じ。
デニム生地のオーバーオールに、白い半袖のTシャツ。オールシーズンだ。
被り物は天気や季節によって変わる。冬はニット帽、雨の日は水泳帽になったりする。
そして手にはいつも「カール 6種のブレンドチーズあじ」を抱えるように持っていた。
人通りの多い商店街を、カールを鷲掴みにしてボリボリと食べながら歩くおじさん。
右手はいつもカールの粉に覆われ、黄色くふさふさとしていた。
おじさんはいつも、近くに行かないと聴こえないくらいの小さな声で、鼻歌を歌っている。歌っていると言うよりは、脳内の声が漏れているようだ。少しガニ股で、鼻歌と同じリズムで身体を小さく、軽快に弾ませながら歩いている。
おじさんは機嫌がいい時は、すれ違いざまに人々にカールを差し出す。当たり前なことのように、黄色くふさふさになった手で2.3粒差し出す。
その時に、いつも
「感度ね、感度。誤魔化し続けてると、どんどん鈍くなっていくよ。」
と真顔で、相手の目をしっかりと見て言う。
言われた人は、驚き、反射的に軽くお辞儀をしながら、差し出されたカールとおじさんの言葉を無視して、早足で逃げる。
逃げながら、全身に鳥肌が立っていることに気づく。目は驚きで開き、更に変な刺激が来たりしないかと、全方位に意識を集中している。全身の筋肉がきゅっと引き締まり、前に出し続ける足はいつもより早く動く。ふと、指先で自分の腕を撫でてみると、ぴりぴりと皮膚が騒ぎ出す。
「…感度」
カールおじさんは、風を吹かせる。
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カールが恋しいですね。