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氷上家族

「仕事辞めたいんだけど、600万貸してくれない?」
久しぶりにおしゃべりしようよ、と電話してきた母から早々に借金の申し込みがあった。母が着物に大金を注ぎ込んできたのは昔から知っていたが、使った総額は長年のらりくらりと返事をかわされ続けてきた。
母の稼いだお金を母がどのように使おうが自由なわけで、私はずっと深く関わってこなかったが、こうなると話は別だ。
母はポツポツと借金の必要性を語った。すると資産家でもなく、商売をしているわけでもない70を過ぎた年寄りが持っているような借入金の金額ではないことが判明していった。寿命があと何年も残ってない人に大金を貸し付けた企業もなかなかに切羽詰まっていて世知辛い世の中になっている。
私が正確に借入状況を把握しようとするほど母は嘘を重ね(既にしている借入金は少なく申告、私からは多めに借りたいと金額をつりあげる)、恥ずべき金額だと自覚しつつも、自分が死んだあとの借金は遺産放棄でチャラになるというデタラメな情報を根拠に都心によきマンションが買えるくらいのお金を20年以上かけて着物に注ぎ込んでいた。高確率で買い物依存症と思われた。
私は一人娘ではないのだが、兄妹の中から私にだけ借入の申込をしたという。なぜなの?と聞くと
「あんたは子どもがいないから」とあっけらかんと答えた。
40過ぎまで私に子どもを生むのが妻としての務めだとプレッシャーをかけてきた母は、産まなかった罰として私をお財布にしてよい子どもだと判断して電話をかけてきたと思われた。しかも最初から踏み倒す心づもりで。
ツッコミどころが満載過ぎて、我が親ながら、やれやれ。

踏み倒される予定だったこともあり、私は1円も貸さなかった。
ショッピングで借金って、子どもじゃないんだから。
私が借金の申し込みを突っぱねると母は全額返済するために働き続けることを選択したようだ。というか、他に選択肢はない。
借金をいくらかなかったことにする方法は世の中にいくつもあるが、買い物をしたら支払うのが消費者の当然の義務、満額支払う覚悟はあったようだ。そこはまともなんだと安心した。
娘を所有物として扱う腹立たしい振る舞いをしたとはいえ、同情すべき点もあった。母は欲しいという欲を自分で止められないし、父はヒモだし、お金を支払う場での人間関係しか母には楽しいものがなかったようだ。過剰な買い物は母の寂しさに起因する一種の病なのだけど、本人がそれを自覚し矯正する意志がない以上は誰にも踏み込めない。
もし踏み込めたとして、70を過ぎた母が自分の問題に向き合って受け止めるには、心の支えとなりそうな夫婦関係が壊れすぎていた。壊れていることを認めてしまうと生きていかれないのだろうと思う。経済的に全く頼りにならない父でも、母にとっては最後に残った優しい愛する夫なのだ。自分のほうが稼げるから稼いで、結婚当初から自分の収入の一切を家計に入れたことのない夫(!これも借金と同時に判明したのだが、我々兄妹は母のみの収入で大人になっていたのだ。理解できなくて怖すぎる。父とはもう会う必要性を感じない)を生涯かけて養っただけなのだ。人生の最後のほうで支えきれなくなっただけで。

これまで私は両親に愛されて育ってきたと感じていたし感謝もしてきたし、実家を出るまで家族に特段の不満もなかった。しかし、大学院で学び始めた頃から親と話しが合わなくなり、年老いた両親との喧嘩を避けるために距離を置いた。いい親が急に悪い親に豹変したわけではない。彼らの人格は地続きだし、注意深く思い起こせば問題がない家庭とはいえなかった。ただ、若かりし私が問題を理解する能力が低かったので気にならなかった、というのが正確な表現だと思う。ある部分はよき親で、ある部分は至らない親で、とりわけ金銭的な部分ではどうしようもなく感覚が私と違うのだ。

実家に愛着を持って50歳目前まで生きてきて、長年隠されてきた実家の暗部を突然見せられたものだから、動揺したし残念だと思ったけれど、家庭とは実に多様で奇跡的なバランスの上に成り立っているものだと実感を持って知れたのは収穫だったと思う。
世の中は「大きな問題がなければ子は勝手に良い子に育つ」し、「基本的に家庭はあたたかい」ものだと考えられている。なので問題を抱えている家庭はマジョリティではないのだ。むしろ「多くの家庭は何らかの問題を抱えてている」と前提したほうが実態に近いのだろうし(物理的に)そう社会が合意しておけば、突発的な不幸にもそもそも対応しやすいではないか。とりわけ一番大きな問題と思われるのは、ほとんどないことにされている側は、マジョリティとされている側からはどうにも見えづらくなるということ。幸福が周りから見えづらくてもほとんど問題はないだろうが、不幸が周りから見えづらいのはあまりに問題が多すぎるではないか。

生きていれば家族の形は絶えず変わり続けているし、状況も変化していく。人生のいつのタイミングでバランスを欠くかわからないのは、すべての人にとって同じである。自分だけは違うと恥ずかしながら完全に思い込んでいた事実をきちんと受け止めたいと思う。
今回のことで年を取ることや親のへの気持ちの変化など、思うところがいろいろあるのだが、しっかしあれほど破滅的な金銭感覚で、70過ぎまでよく生き延びたものだなあ〜(笑)
ということで、巣立ってしまった家族総出で実家の監視を行っている。


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