間違いを犯した女の話 #5
女が大事にしていた猫が死んだ。
とはいっても、女の飼い猫ではない。猫を飼うことは夫から禁止されていた。不吉であるという理由からである。女は、ある日ふらっと現れた黒猫に餌をやり始めた。猫は次の日もまた現れた。それを続けるうちに猫は女になつくようになった。平日の夕暮れ時に裏庭で女の膝に抱かれることもあった。女が子供を呼んで、こっそり猫と遊ぶこともあった。猫(と子供)との時間は女の唯一と言ってもいいほどの癒やしになった。
話を戻そう。
その日の朝早く、裏庭へ出ると、黒猫は倒れていた。血は流していない。殴られたような跡もない。昨日の夜出しておいた猫の餌はほとんど食べられていた。しかし、皿には赤い色の錠剤がいくつかあった。
誰がこんなことを? 昨日から今朝にかけて女の家には侵入者はいないはずだ。家の周りには柵があって、それを越えたり壊したりする者がいれば警報が鳴る仕組みになっている。昨日から家にいるのは女と子供と夫だけだ。
女には思い当たる節がなくもなかった。
夫は、最近猫が家の周りをうろうろしているのを目撃して、飼っている孔雀に被害がないかをしきりに気にかけていた(だが実害はまだ出てはいなかった)。だから、女が猫に餌をやっていることは夫には秘密だった。飼いもせず、野良猫に餌だけやるという行為に多少の後ろめたさもあった。(猫にとって飼われるのと野良猫のまま餌だけもられるのはどちらがいいのか、という疑問もありはしたのだが。)
証拠は無い。無いが、夫がやったと仮定すると、夫は自分の大事なものを守っただけなのかもしれない。飼い主という責任を果たしただけなのかもしれない。
女は、夫から餌をやっていたことを咎められるだろうか、と心配した。ところが、夫はそれについて何も言わなかった。もしかしたら夫ではなかったのかもしれない。こちらから言い出すことでも無い。女もそれについて夫に話すことはしなかった。
結局証拠はないのだ。これに関しては、答えは一つのようだった。「分からない」 多分、永遠に。
そして、女は癒やしを一つ失った。
その日の夜、女の家の電話が鳴った。女の母だった。