山河同人・小池義人 句集『星空保護区』20句撰
行く春やカーブミラーの魚の目
黄沙降る対の駱駝の夢を見る
聴覚のたとえば野火の絡みつく
筆立てに金の耳搔き鳥帰る
ラッパーの脛のほころび草青む
草餅や悪人面のパスポート
蟇交る金の蒔絵のボールペン
古民家の庭にハーレーあめんぼう
上る蟻下る蟻居てプラタナス
白地図の折目どおりに紙魚走る
緑陰や楷書のような手話を聴く
丁寧に長靴洗う沖縄忌
魚屋に道訊く秋の扇風機
エッシャーの水の自在や小鳥来る
山肌にショベルの歯型雁渡し
レシートに釣銭包む秋湿り
館内にまわしを叩く音さやか
よそ見するそこにも時計十二月
「望月」の姓の集落初すずめ
土竜打つ犬に右利き左利き
所感
『山河』(小倉緑村創刊)同人の小池義人氏の第二句集。句歴は十五年に及んでいる。全体的に言葉で作る傾向の強い『山河』だが、それ故に理に落ちていく傾向も強い。掲出句は季語とフレーズもしくは干渉部と叙述部の響き合いに優れると判断したものばかりだが、落とした句には理に逃げているものが多いという印象で、掲出句からは句集の全体像は見えにくいかもしれない。勿体なさを感じた句をいくつか挙げておく。
海底に琵琶の鳴り出すおぼろかな
リモコンの5にある突起冴返る
天井まで届く本棚梅雨に入る
墓標には和の字ばかりや鳥渡る
煌々とボクシングジム開戦日
喉飴を舐めて師走の競馬場
「海底に琵琶」は平家物語が直結で連想されてしまうので、季語の朧に疑問を持った。リモコンの句も、冴返るでお茶を濁すのではなく、もう少しリスキーな季語が欲しいような気がした。本棚と梅雨の句も、実感はあるのだろうが類想的に感じてしまう。墓標に和の字ばかりという皮肉は面白いのだが、季語には時候寄りではなくもう少し具体性を帯びるものが欲しいように感じた。ボクシングジムと開戦日の取り合わせは絶妙なのだが、語順に違和感があった。喉飴といえば第一義的には舐めるものだから、三音でもっと何かできたのではという気がしてくる。
『山河』の言葉派的な傾向は、おそらく平成期以降の広告業界からの人材流入によるところが大きいと思われる。小池氏は『山河』の中では句材に重きを置くタイプであるはずなのだが、その句材や季語への拘りがもう一押し足りないという印象を持った。『山河』の内々やゲンハイ都区協だけでなく、俳壇全体に目を開くべきという『山河』積年の問題が、ここにも現れているような気がした。
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