『鼻もちならない女たち』 Ⅰ クソフェミ論争 1 避難所での生理用ナプキン問題
フェミニズムとは主に女性の権利を守るために始まった運動だ。社会で不当な扱いを受ける女性を助けるためにある。そうした活動をする人を男女問わずフェミニストと呼ぶ。フェミニストとしての活動や発言は女性の権利を守るための尊い奉仕活動なのだが、SNSでは女性の味方をするような発言をする人をクソフェミと呼んでイジリの対象にすることが多い。
これまでSNSで議題に上がってきたフェミニズムのトピックで筆者が特に印象に残っているのは以下の通りだ。避難所での生理用ナプキン問題、ジェンダーレストイレ、大浴場でのLGBTの扱い、女性用下着メーカーのLGBT受け入れ方針、男児の女湯問題、レディース服のポケット事情、授乳室の鍵の取り付け、女性専用車両などだ。どれも女性の身の危険と背中合わせであり、フェミニストの熱のこもり方も格別であった。
どれもこれも女性の精神的安全性はおろか身体的安全性をもろに脅かしかねない事態を招く可能性があるため、フェミニストからの反対意見が湧き上がるのは当然のことだ。しかし、女性の安全を大事にし過ぎるあまり、自身がレイシストになり下がってしまっていることも自覚せねばならない。
最近のSNSでのクソフェミ論争は女VS男ばかりではない。生まれ持った身体が男性で心の性別が女性と自認しているMTF(やや差別的な言い方では元男性)もクソフェミのやり玉に上がっている。筆者はクソフェミ叩きをしたいわけでもLGBT叩きをしたいわけでもないのでまずはそれぞれのトピックの内情を簡単にまとめてから自分なりの意見を述べておきたい。
避難所での生理用ナプキン問題
この問題については主に2つの大きな論争があった。1つは支援物資として届けられた生理用ナプキンを使わないはずの男性が受け取り拒否をした問題、もう1つは数が限られている生理用ナプキンをMTFの人が自身の精神的な支えとして1枚持っておきたいと言った問題だ。どちらも突然に生理が始まってしまい困っている女性にとっては噛みつきたくもなるくらいの大問題だ。
生理用ナプキンの避難所生活での重要性は衛生面の観点から論じられるケースが多く見られたし、筆者はこれが最も最重要なポイントだと思っている。言わずもがな、生理中に女性の体内から排出されるのは血液なわけで、放置すれば雑菌繁殖の温床になってしまう。好きなタイミングで洗濯することもできない避難所で支給された服に血をつけたくないのである。避難所生活では集団生活のストレスや空腹、寒さから免疫力が低下しがちなので、血がついたままの服を着続ければ敗血症などの病気になりあっという間に命を落とす。せっかく災害そのものから助かった命が失われてしまうのである。そうした不幸を防ぐために生理用ナプキンも十分な数が確保されているべきだ。フェミニスト達がそうした主張を繰り広げたのは生理用ナプキンを使わない人間がその配分や在庫に口を出したことが発端だった。
能登地震の際、多くの人がもどかしいと思ったのは能登半島の地形の複雑さゆえに救助や支援活動が思うようにできなかったことだった。入り組んだ道をなんとか通り抜けやっと届いた支援物資の生理用ナプキンを必要な在庫が確保されているかを調べもせずに突っ返した男性がいるという投稿は瞬く間に日本全国の女性達の「許せないフォルダ」に保存された。
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