中国企業をあなどってはいけない
中国がいよいよ、大国としての姿を取り戻し始めている。戦後の日本人はまだそれに不慣れで、余計な反発や嫉妬が生まれ、それを抑えきれない一部の人々は、とにかくケチをつけたがる「嫌中論」を展開している。
確かに、この30年近く中国に身を置くことがあった僕にとっても、今と昔の中国では隔世の感を抱く。単に人口が多いだけではなく、人類のデジタル時代の未来像を示しつつある中国。その具体的なプレイヤーの名を、本書の知見を借りて学んでみよう。何しろ、世界のトップランナーと呼べるのだから。ただし、中国をよく知る僕としては、あまり過剰に彼らを「持ち上げない」ようにしたい。
ちなみに冒頭画像は、日経新聞中国語版が示した、世界の国別ユニコーン企業の数を示したグラフである。記事のリンクはこちら。
中国政府の方針は明確
さて、中国政府が発表した、発展を導く新しいキーワードは5つ。2015年に発表した第13次五年計画で示したものだ。
1)イノベーション
2)協調
3)エコロジー
4)市場開放
5)シェアリング
特にイノベーションや知的財産重視の方針は重要だった。民間企業の活力を最大限に活かすと決めた。
民間企業についての「5、6,7,8,9」という数字がある。これは国営企業の復活を唱える声を抑え、両者の共存共栄を目指したものだ。
<5>民営経済は、税収にて50%を目指す、
<6>GDPでも60%以上、
<7>科学技術の成果の70%以上、
<8>都市部の雇用の80%以上、
<9>企業数の90%以上を「民」で占める。
現政権(習近平)は、この目標を高らかに宣言した。
あなどれない中国のユニコーン企業
そんな中、気づけば、中国では「ユニコーン企業」が激増していた。言うまでもないが、評価額10億ドル以上の未上場スタートアップ企業のことだ。その企業価値ランキングの第一位は中国企業である。あのショート動画で有名な「TikTok」だ。また、中国は国別の順位でも世界第二位につける。
【JETRO:世界のユニコーン企業数は800社超、米国と中国が全体の7割を輩出】
米国調査会社のCBインサイツは9月30日、世界のユニコーン企業数はこれまでに800社以上(2021年時点で832社)に達したとするとレポートを公表した。これらのスタートアップの企業価値は総額2兆ドル以上に相当し、これまでに調達した資金の総額は4,850億ドルを上回っているという。・・・同社によると、世界で最も評価額が高いユニコーン企業は、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営する中国の北京字節跳動科技(バイトダンス、企業価値1,400億ドル)・・・国別にみると、世界のユニコーン企業数は米国がトップで、全体の50%を占める。次いで、中国(同19%)、インド(5%)、英国(4%)、イスラエル(2%)の順となっており、米国と中国を合わせて全世界の7割のユニコーン企業を輩出している。
中国のユニコーン企業のランキングは以下の通り。TikTokを筆頭に、巨大な企業価値がつけられている。合計で251社にものぼる(2020年)。
「新しさを許容する」、日本が学ぶべきこと
日本が学ぶべき中国の姿勢は、中国政府の態度だ。国としてイノベーションを掲げた以上、それを後押しする社会施策が必要だとしっかり認識している。具体的に言えば、実験的な実施(参入)を促し、問題が表面化してから規制を強める。この順番を頑なに貫く。いわゆるトライ&エラーの許容である。つまり、意外と中国の規制は緩いのだ。
たとえば、配車アプリ(ライドシェア)や民泊などが中国で開花したのはその証だ。日本では相次いで失敗、あるいは認められていない。僕個人でもそうだが、中国では頻繁にタクシーや配車アプリを使う。しかし、日本ではほとんど使わない。利便性や価格体系が異なるからだ。日本の旧態依然とした政治・行政の態度が、新しい産業の芽を摘んでいる。
中国政府が、グーグルやフェイスブックを(間接的に)追い出したこともプラスに働いた。それはさしづめ政治的理由ではあったが、それを補って余りあるサービスが、中国企業によって提供された。バイドゥ・百度(検索エンジン)やテンセント・騰飛(Wechat;微信)だ。また、ECでも同様だ。日本では楽天をもってしても、アマゾンに勝てないでいるが、中国でアマゾンは不要だ。アリババがアマゾン以上にお得な商品を提供し、二位のJDも自社物流網によってアマゾン以上のスピード配送を実現した。その結果、彼らは自力でアマゾンを土俵際に追いやったのだ。
中国内の苛烈な市場を勝ち抜いた覇者の競争力は、いずれの分野でも目を見張るものがある。今日の勝ち組はいずれも、膨大な数の競争相手を振り払い勝ち残った強者ばかり。必ずしも国内競争で、中国政府に助けられたわけではない。この点を日本のメディアはきっちり伝えていない。
一部の日本人は認めたがらないが、中国政府の産業政策は非常にすごい。デジタルシフトはまさに政府の規制緩和策と一体的に発展してきた。
人工知能(A)、
ブロックチェーン(B)、
クラウド(C)、
ビッグデータ(D)、
そして5Gを推進し、「ABCD5G」と称される。小売分野、ECプラットホームではそれが脅威の成功を収めている。毎年成長している「W11」がその象徴だ。EC一位のアリババグループや二位の京東(JD)が牽引する。
ECでは、近年これだけにとどまらない。アメリカに上場した「拼多多(PDD)」はすでに二位の京東に肉薄している。SNS型ECと呼ばれる手法でWechatと提携し、低価格販売を実現している。他のECサイトも生き残りに必死だ。「必要商城」はOEM工場と提携し、低価格品を製造・販売する。似たような仕組みは「網易厳選」も行う。いわゆる日本・イオン「トップバリュー」の中国オンライン版だ。
しかも近年のもっとも大きな社会変革と言えば、スマホ決済だろう。デジタル化の象徴、「キャッシュレス」である。中国ではわずか数年の間に、財布をもたない若者の姿が日常になった。シンガポールや韓国も世界の最先端を走り、日本は完全に後塵を拝している。中国はもともとクレジットカードが普及せず、金融でも遅れた状態にあった。これが幸いし、スマホによるQR決済が瞬く間に普及した。このような現象を「リープフロッグ」という。
もうひとつ、中国の事業者が優れている点は、この決済サービスを信用評点に応用している点だ。ユーザーの情報を捕捉・蓄積し、信用情報に置き換えていく。これを必要とする企業は膨大にいる。アリババやテンセントが金融サービスへ進出するのは必然だった。
デジタル化とは何か、その模範は中国にある
デジタル化では地元政府の後押しも必要になる。北京市の南部に新しい地区が設置され、自動運転の実験場になっている。将来人口200万人を目指す都市が、政府の計画ひとつで作られるのだから、そのスケールは規格外だ。北京市内とは言え、現在の北京市中心部から100km離れている。
また、広東省の仏山市は製造業の集中する都市だが、ロボットやAI技術の活用によってスマート化を推進している。そこには、大手家電の「美的」やデベロッパーの「碧桂園」が積極的な投資を続けている。実験場あり、製造・開発拠点あり。この分野にて中国に死角は見当たらない。
皮肉にも、このコロナ禍が、中国のAI発展のさらなるドライブ役を果たした。画像認識のセンスタイム(商湯科技)や、顔認証のメグビー(曠視科技)の技術が注目され、百度やアリババも大々的な投資に踏み込む。医療では早期診断で台頭したインファービジョン(推想科技)。無人配送に取り組むYOGOロボット(愛国者)など、アフターコロナでの成長が確実視されている。音声認識も急成長分野で、アイフライテック(科大訊飛)がすでに7割のシェアを占めて、業界をリードする。
今日の中国を代表する企業は「BATH」と呼ばれ、
<B>検索のバイドゥ(百度)
<A>ECのアリババ(Tモールやタオパオを含む)
<T>SNSのテンセント;騰訊(QQや微信)
<H>スマホのファーウェイ(華為)
次に続くのが「TMDP」
<T>ショート動画やニュースアプリのバイトダンス(字節跳動)
<M>スマホのシャオミ(小米)と配達のメイトゥアン(美団)
<D>配車のDidi(滴滴)
<P>格安ECのPDD(拼多多)。
中国三強「BAT」の最新状況
中国にもかつてはポータルサイトが一世を風靡していた。それに続いたのが検索サイトである。Googleが追い出された後、事実上その市場を一手に握ったのは百度。しかしその天下は非常に短く、ウェイボ(微博)などのSNSに取って代わられた。今では多くの動画サイトが流量を稼ぐ。百度はいち早く、その流量を奪い合う競争から離脱し、「AI」へと完全シフトした。
ECでは、Tモール(天猫)やタオパオ(淘宝)を有するアリババが首位をキープしているが、テンセントが投資・提携しているジンドン;JD(京東)やPDD(拼多多)に追われている身だ。そこで、実態店舗への投資を始めた。金融にも大きくウィングを広げた。さらに、物流やクラウドなど、ECと不可分な領域にもみずから事業を行い、いよいよデータを基礎にした事業化をも本格化させている段階だ。たとえば、ネットのデータ(ユーザーの居住地)を利用し、出店位置を決めることもそのひとつになる。
企業価値でトップに立つ中国企業はテンセントだ。何しろそのユーザー数と、ユーザーの消費時間を手中にし、いかなるサービスもWechat(微信)アプリ経由で行うことが可能になった。その手段が、アプリ上に実装したミニプログラムである。自社のエコシステムを限りなく広げ、従来のゲーム事業中心からの脱却を図ろうとしている。
※昨今の政府の締め付けで、中国企業の時価総額は、大きく下げている。
これら「BAT」は、かつて三強と言われたが、みずからの危機感をバネに着々と次の手を打っている。トップの地位に甘んじないところが、中国内の競争の激しさを物語る。その焦燥感を煽る一社が、TikTokだ。グローバルに快進撃を続けており、ニュースアプリ(今日頭条)でも大成功している。社名は、あまり知られていないが、バイトダンス(字節跳動)だ。トランプ時代の米国からは、言いがかりのような利用禁止措置を食らったが、同社の国外進出の意志は固いようだ。
中国政府の不穏な動きは「不穏」ではない。
これら急成長を続ける中国の有望株は、巨大化した後も起業家精神を失わず、資本の論理を駆使したエコシステムの拡大を続けている。あのGAFA(米国勢四強;グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)でさえ、中国市場では成功をおさめていない。彼らは、中国政府に排除されたと言うよりは、まさに中国勢の自力で追いやられたと考えた方が真理に近いだろう。
ただ、世界規模で見れば、そんなGAFAはますます巨大化している。彼らの時価総額だけで日本のGDPを上回っている。ゆえに世界各国は警戒感を強め始めた。同様のことは中国でも見られる。習主席の「共同富裕」の大号令のもと、様々な規制や資金負担を、巨大民間企業に対して課すようになってきた。IT・プラットホーマーも例外ではない。
巨大企業になった中国企業の多くが、プラットホーマーである。メーカーのシャオミでさえ、M&Aを多用し、エコシステムを築いている。プラットホーム企業の特徴は、ユーザー数を拡大し、あらゆる主体を取り込んでいくことになる。結果的に競争環境ではかなり有利なポジションだ。
個人データの活用とその責任がそれら一部の企業に集中していく時代、社会リスクは逆に高まっていく可能性がある。その懸念から、独占状態を排しつつ、企業責任を強化し、安全性担保のための具体策を企業側に打たせることが社会命題となった。中国政府はさらに、そこに特別税的な資金負担を強いるという、社会主義独特の一手を打ち始めている。日本側がそこに批判的な主張を加えるのはお門違いだろう。
まとめになるが、中国企業の台頭について、日本人は素直に学ぶべきだろう。優秀な企業の一挙手一投足は、感嘆させられるところが大きい。他方、中国政府が彼らを率いて、「赤い資本主義」とも形容される恐ろしい手を打とうしているなど、ありもしない妄想は抱かない方がいい。中国の純民間企業のトップたちは、四苦八苦しながら、自力で今日の地位に上り詰めたからだ。
デジタル分野では惨敗している日本企業も、うまくそれを利用することができる。なぜなら人々が服を着て、食を楽しみ、悦に浸るのは、デジタルだけではどうしようもないからだ。日本企業の底力を発揮し、中国のデジタルを用いて、この巨大市場に入り込んでいってほしい。それくらいの図々しさをもって日本の存在意義を示したい。
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