新型コロナ対策、一度総括してみます?
「36%」、この数字はワクチンを打った人がインフルエンザになりにくい確率を示しています。毎年この数字は変わってしまうのですが、ひどい時には「19%」に落ち込み、効果があった時には「60%」だそうです。あと、治療薬としては、「ノイラミニダーゼ阻害薬」。これは飲み薬では「タミフル」と呼ばれ、最も効果的かつ使い勝手がいいそうです。まぁ、そうは言っても、あの恐ろしいインフルエンザの基本は、自然治癒だとも指摘しています。こうやってみると、科学の知見とは、ある前提のもとで、ちょっとでもマシな方法を探しているということなんですね。絶対の正解にたどり着くのは至難の業です。ここでは、本書の岩田氏の言を取り上げ、後半では新型コロナの自粛対策議論についても触れたいと思います。
※冒頭画像は、新型コロナ禍での、自粛を楽しませてくれた動画からのキャプチャーです。文中にリンクを示してあります。
科学的なモノの見方
本書の筆者、岩田健太郎氏とは、あの「クルーズ船の対応は失敗した」と告発し、物議をかもした人物です。のちにこの件を謝罪し、告発動画を削除していますが、主張の内容を変えているわけではありません。官僚にもズケズケ、モノを言える点では、御用学者ではなく、感染症の第一人者としてきっちり発言されています。ゆえに、同氏の主張は傾聴に値すると思います。当初、僕は彼のことを、現場の苦労を踏みにじる目立ちがり屋かと思っていましたが、その後の振る舞いを見ると、必ずしもそうではなかったようです。
たとえば、帰宅した時、「マスク、手洗い、うがいをしましょう」という、日本ではよく聞くフレーズ。もしも、科学的な見解でこれを説明するなら、マスクで風邪やインフルエンザを防げることはありません。今回の新型コロナでも、何回も耳にした説明です。ただし、唾液の飛沫を防止できる点では、他人に対するエチケットとして有効です。手洗いは、今回の新型コロナでとりわけ有効だとされていますが、本書のインフルエンザ対策としては、やや否定的なニュアンスです。なぜなら、自宅で触るものすべてにウイルスがないと確認できなければ、手洗いを続けることになるからです。さすがにここまで徹底したことはできないでしょう。うがいも同様です。予防効果はないとは言えませんが、実証されているやり方は一日3回、一回あたり15秒です。つまり、科学的に推奨されている習慣があったとしても、ほとんどの国民はそれを意識できず、いい加減にやっているレベルなのです。だからこれらは、「やらないよりはやった方がいい」レベルなのだそうです。
「いい加減さ」では役人も同じ
本書では水際対策にも触れています。出版された当時はもちろん、新型コロナウイルスの登場を知るよしもなかったのですが、日本の水際対策が形式すぎることに岩田氏は警鐘を鳴らしています。帰国したときの、うるさいほどの張り紙。検疫に対する日本の厳しい態度が示されています。ところが、水際で止められた事例がまったくなかったそうです。SARS、MARS、エボラ出血熱。そして2009年、「水際」を素通りして新型インフルが日本に入ってきました。つまり、役にも立たない検疫体制に、フリだけして国民の税金が使われている。こんな状況に対して、(厚生労働省の役人に)逆説的に、不要論を唱えてみたのだとか。役人は予想通り、まともな答えを返してきませんでした。なるほど。これだから、クルーズ船の時の厚労省に対する批判告発も飛び出したわけですね。
ここからは新型コロナウイルスに関する岩田氏の論考を見て、内容をそちらにシフトさせましょう。
感染症対策の是非を考える:8割自粛
この論考は、現時点で話題になっている非常事態宣言の8割自粛政策に対する検証を訴えたものです。日本人の多くが、感染症対策チームで奮闘される専門家の方々に敬意を払い、医療関係者に感謝の念を送っておられるタイミングで、なかなか批判的な声を立てにくいものです。それでも、これまでの総括と、(まだまだ続くであろう第二波・第三波への対策をにらんでの)従来方式の見直しは不可欠だと思われます。
緊急事態宣言の解除がされた時に公開されたグラフのようです。そこには日付も書き込まれていますが、ピークアウト後に緊急事態宣言がなされています。そして8割自粛という要請が出され、日本国民は未曾有の「経済活動抑制」を迫られました。この判断の根拠になったのが、対策チームの一人となった西浦氏の理論計算です。ところが彼の説明からは途方も無い数字が飛び出します。「感染拡大の防止策を実施しなかった場合、重症患者が累計85万3000人になり、その49%(41万8000人)が死亡する」。これを聞いたら、誰でもびっくりするでしょう。
現在、新型コロナの死者数で世界のトップを走るアメリカは10万人を越えたところ。これにイギリス、フランス、スペイン、イタリア、ドイツの欧州五大国をはじめとするヨーロッパ全土を加えても28万人。これから俄然増えるであろう中南米で5万人を越えようとしている。特にイタリア・スペインなどは対策をしたからなのか、自然に集団免疫が効き始めたからなのか分かりませんが、日本とほぼ同じ人口を有する両国を合わせて、現時点での死者数は6万人に安定しつつあります。ひどい国が、後手後手で対応して6万人を死なせてしまった。現在約1000名弱の死者数である日本が、「何もしなかった場合」の死者42万人になり得たという計算にどれだけの意味があるのか、さっぱり理解できません。
それもあって、西浦氏批判を始める声が出てきました。特に、6割抑制ではダメで、8割抑制なら、感染症の拡大を抑えることができるという計算は、最後の最後まで、一般人には理解できないものでした。多くの人は、思考停止状態のまま不安に凍りつき、生活を脅かされた人々は保障を求めて政府批判を始めました。みんな、専門家の言ったことが分からないので、やむを得ません。百歩譲って、緊急事態宣言までは(国民の行動変容を促す意味もあり)やむを得ないですが、GW(ゴールデンウィーク)以降の延長には、多くの人が困惑したのだと思います。
「霊感商法」「狼少年」などの批判
【藤井聡:京都大学教授】西浦氏・専門家委員会が「GW空けの緊急事態解除」を科学者として主張しなかったのは国家経済破壊の「大罪」である。この「8割自粛戦略が無駄で不要で、ただ単に有害だった」という事実はいつ明らかになったのでしょうか?グラフは5月12日公表のものですが、4月23日のデータが載っています。ということは、約20日後には、西浦氏達は「実効再生算」も含めた詳しい数値が分かるということになります。だとすれば、3月27日がピークであるということは、その20日後の4月16日頃には分かっていた筈です。そこからしばらく様子を見るとしても、4月下旬には、3月27日でピークアウトしそれから1~2週間ほど減少し続けているということがはっきりと明らかになっていた筈です。
岩田氏は、藤井氏の論考に理解を示しながらも、「今回は、この目標を目指しますと明言したからこそ、うまくいった・いかなかったという議論ができる」と、むしろ西浦氏の試算を評価します。さすがに、(もともと「人格的に問題のある」と叩かれたこともある)藤井氏の口撃は、行き過ぎだというわけです。それでも、同じく口汚く人を罵る論客・池田信夫氏は次のように鋭い指摘をしています。
【池田信夫:経済評論家】「何もしなかったら42万人死んだはずだが、西浦先生のおかげでその1/500になった」というわけだ。これは「壺を買わなかったら死ぬ」と脅して100万円の壺を買わせ、「効果がなかった」といわれたら「壺のおかげで死なずにすんだ」という霊感商法と同じである。
<中略>8割削減が空振りになった原因は、複雑な自然免疫を無視して獲得免疫だけで機械的に感染が拡大するSIRモデルで考えたことだった。その教訓を学んで自然免疫のメカニズムを解明することが、今回の騒ぎの高価な教訓である。
科学的な姿勢とは、現実に基づくこと
岩田氏が、厚労省をまったく信用していないこともあり、西浦教授の登場が議論を前へ進めてくれると期待するのに対して、今回の社会実験(8割自粛)はあまりにコストの高いものだったと考える声も少なくありません。僕は当時から何度も書いてきましたが、自粛6割と8割とでは社会の被る代償があまりに違い、またGW終了までの自粛と、5月いっぱいまでの延長とでも、被害の範囲はまるで違うと指摘しました。延長はもちろん、非常事態宣言すら不要で、PCR検査こそ自粛したままの方がいいとも書いてきました。
ただ一方で、日本政府として最悪のシナリオを想定するのは理解できます。また国民の行動変容を促す、一定程度の「恫喝」も必要だったでしょう。しかし、新型コロナ対策だけが命の問題とされ、経済の問題は(あくまでも金の話だから、と言い切ったコメンテーターがいて)二の次にされました。それは罪作りなことです。政治家の腹は痛まず、ステイホームで済んでいるサラリーマンもとりあえず個人的な被害なし。家でテレビを見ているだけの主婦は「怖い」を連発するばかり。こうした状況を受け、政府の姿勢は、感染症専門家の意見ばかりを聞くようになってしまいました。日本の実態を無視し、なぜか欧米の状況ばかりを世界標準のように報道するメディア。二三の事を、百のように伝え、不安心理ばかり煽る報道姿勢には嫌気が指しましたが、「そうなる可能性はある」としか言えないテレビの感染症専門家を見るに及んで、もはや科学的な姿勢からかけ離れてしまったことを感じました。頭を使って考える国民なら、何かがおかしいと感じ始めたはずです。
命の問題だから「自粛して」と言う無責任な政治家
自粛にまったく効果がなかったと言えるか否か。そこまではさすがに言い切れないでしょう。藤井氏の論点は、「二度と同じ過ち(8割自粛)を犯してはならない」という善意の提言なのかもしれませんが、素人の感覚として、日本人にもすでに2万人近くの感染者(発表ベース)が出ています。クルーズ船や病院のような状態になれば、クラスターだって生まれるのです。自粛をすれば、おのずと感染者数は減るのだと思います。また、検査数を故意に抑えている日本では、実は、無症状の感染者が10万人以上いても不思議ではありません。なぜなら感染した人の致死率はおそらく1%を切るくらい(推定)だと見られているからです。したがって、市中にはすでに相当の数の感染者がいると仮定し、彼らが出歩くことを控えれば、やっぱり効果は出てくるのではないでしょうか。
最後に。一部、岩田氏のお言葉も借りて、このことだけは伝えておきたいと思います。不眠不休で頑張ってこられた専門家にはやっぱり敬意をもって接するべきです。結果的に、彼らが間違っていたか否かは「大罪」であろうはずがありません。しかし、経済も命の問題であることを正しく報道してこなかったメディアや(専門家と称する)出演者については猛省を促したいと思います。偏った報道が、かつての日本を戦争へと駆り立てた前科もあるくらいです。政治家も同様です。(新型コロナ対策は)命の問題だから、自粛して、と口にするのは、暗に経済の問題を命ではないと言っているに等しいものです。この世の中で命を落とすのは、何も、感染症が原因ばかりではありません。また、年間何千人もが亡くなるインフルエンザだって、僕たちは許容していますし、交通事故死が絶えない道路の傍を、怖がりもせず歩いています。科学的な態度に終止し、徹頭徹尾、不毛な「ゼロリスク」は追及しないこと。今後、感染症と向き合うためには、このことを教訓にすべきだと思います。敢えて言いますが、今回の新型コロナウイルスの性質を前提に、日本において対峙する場合(感染爆発した他の国は別です)、一定程度は許容していきながら、しっかり社会的な対策を取った上で、経済活動を正常化させる方が望ましいと考えます。
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