ステューピッド・グリショール ~くるくると逃げ回る、環境最速デッキのはなし~
新生化をひとめ見たときには既にわかっていた。
このカードは、モダンを壊す。
だって、某異界の進化フリークが回していたから。
異界の進化でアロサウルス乗りをサクってグリセルブランドを呼ぶプランを持ったエルフを。
しかし新生化登場前のアロサウルスコンボは、必要カードが多いわりに最大限利用しようとしても4枚-8枚コンボでしかなかった。
召喚士の契約という転用しずらいカードを用いても、デッキに2~3枚積んでるカードを引けるかどうかといった確率にしかならない。
だから私は試さなかった。
正直、プレビューを見た誰もが思っていたと思う。
アロサウルス乗りを新生化でサクれば勝てるかもしれないと。
ほとんどの人はそう笑って、娯楽として消費して、通り過ぎた。
ネオブランドは同時多発的に発生したデッキだった。
その証拠に、初期は様々な癖をもったデッキリストがあった。
それを一元化したのは、「アロサウルスマスター」ことまつがん氏の功績だ。
彼がいなければ、今の洗練されたリストはこの世に存在しないだろう。
これは、例えば海外で見ることのできる、洗練された「ネオブランド」の物語ではない。
カジュアル寄りクソデッカーが必死に不向きな分野で戦った結果、負けた。
そんな、「ステューピッド・グリショール」の物語だ。
1. それはゴールデンウィーク直前の金曜日に生まれた
プレビューの段階で新生化を使えばすごいデッキができると思っていた。
ただ、私はクソデッカーである前に仕事を持つ労働者で、その時期は残業続きで疲労困憊だった。
まあ、MTGアリーナだけはちょっとやってはいたのだけど。
(なお緑単ストンピィの第二話はグリショール調整に精神リソース全部とられて無理になった。一応ミシックまでならいけるデッキだった)
結局、新生化の入ったアロサウルスコンボは脳内にぼんやりとしたリストを作ってはいたものの、一人回しはゴールデンウィーク前日の夜まで持ち越しとなる。
一人回し前にぼんやり考えていたカタログはこんな感じだった。
・(アロサウルス乗り+召喚士の契約)×(新生化+異界の進化)でワンショットキル 2~3ターンキル安定
・「滋養の群れ」×「土着のワーム」でライフゲインを連打して引き切り
・勝ち手段はアドグレイスと同じもの1種を想定 コンボがソーサリータイミングに限定されるため、土地枚数的に反射死の心配のない「突撃の地鳴り」か?
・土地は2ターン目に土地2ストレート程度=期待値2.5枚=17枚
・緑のカード多め。
・「神髄の針」「墓掘りの檻」とカウンター、ハンデスの対策は必須
まあそこまで考えていたが、金曜日最初に回したのは、新生化の入ったクラガンウィックだったことは懺悔しておく。
お前じゃない
ちなみに異界の進化型クラガンウィックの下位互換だった。そらそやな。
さて、10分ぐらいで紙ガンシュートに引導を渡し、グリショールを組み始める。
バンクーバーマリガンで一人回ししてみた感じでは安定していなかった。
デッキと呼ぶには初手依存度が高すぎる。
緑には、ソーサリーとクリーチャーの架け橋となる丁度いいカードがなかった。
(ちなみにエラダムリーの呼び声がリーガルとなった現在のモダン環境での話をすれば、きらめく願いを使えばコンボパーツの両天秤は可能ではある。もっとも、アロサウルス側の方がサーチするのに4マナ掛かるという弱点は残るが)
ところで、8枚ー8枚の2枚コンボは、一体どのくらいの確率で初手に揃っているのだろうか。
答えはおよそ4割。
デッキに4枚積んだカードが初手にある確率とそう変わらない。
つまり、力線が初手にない程度の確率で初期の新生化グリショールはゲームにならない。
しかし、揃っているときの挙動はあまりに暴力的だった。
さて、ここで気づくことがあった。
このデッキには青が入る。新生化が青だからだ。
それでは問題。現在のモダン環境で一番強いドローソースは?
もしコストが0マナ限定ならば、ミシュラのガラクタとなる。
0マナ占術1スロートリップ。次点は通りの悪霊。
これ以上のカードはモダンには恐らく無い。
ではコストが1マナならば?
モダン環境における答えは2種類ある。
信仰無きものあさり、または血清の幻視だ。
モダンの納墓? いいえ、「信仰無き物あさり」です
モダンのコンボデッキ御用達
信仰無きものあさりは手札が減るため、このデッキ向きのカードとはいえないだろう。
このデッキは、回れば勝つ。ならば、ドロー調整スペルはとるべきだ。
私は、血清の幻視を採用してみた。
その瞬間の鳥肌を覚えている。
煽りの一種ではあるが、ボトムに2枚送った血清の幻視を実質アンリコと呼ぶことがある。
このデッキの幻視はアンリコだった。
このデッキはゴミが多数入っている。コンボスタートに必要なカードは一握り。ボトムに2枚送ることも多い。それでも……。
トップに有効牌をおいた次のターン、相手は死ぬ。
結果として、キープ基準がかなり緩くなった。
ちなみに、環境初期は様々なデッキリストが混在していた。
特に問題になったのは土地枚数とフリースロットに何を入れるか。フリースロットの採用カードの答えが大きくわけて二つに分かれていた。
一つは、セラビカウンター型
ドロソとカウンター(否定の契約、呪文貫きなど。主にサイド)を採用してコンボスタートを安定させた型だ。
手練まで取ったリストもあった。
私が最初に「デッキになった」と思ったリストはこちらであった。
もう一つはコーリスの子などを採用したライフゲイン型
ドローソースを廃し、その枠にライフゲインなどを取り、コンボ中の動きを安定させようとしていた型だ。
個人的に後者は最低限回れば異界の進化経由ですら当時の環境最速相当であるのに楽な方向へ逃げたと思っていた。
たぶん一人回ししても私の結論は変わらなかった。なぜなら、一人回し調整中に思想がそっちに近いシロモノを気持ちがいいだけと見なして投げ捨てているから。
ちなみに、現在のネオブランドでは1枚採用されている「人生は続く」。
このカード自体は当時のツイッター上でたびたび名前の挙がっていたカードで、与太リスト上では採用されたりされなかったりしていたカードだった。
ちなみに私は不採用。
理由は単純。
「確かに先にポンだしすると腐ったプッシュ稲妻が飛んでくるコーリスの子よりはマシそう。でも別にコンボ中の浮きマナ、専用スペル使わなくても、魔力変からセラビ撃つぐらいのことはできるじゃん」
こいつらは本当に同じ……?
この言い分、一見正しいように見えて間違っている。
確かにコーリスの子の場合は不純物だから不採用はきっと正しい。
しかし「人生は続く」は緑のカード。
コンボスタートで邪魔にならず、そして浮きマナをコスパよく使えるカードが役に立つことは、「セラビがデッキにある」ことと何の関係も無い。
結局のところ、私はライフゲイン型を舐めていたのだ。
この美しい緑の0マナから始まるワンショットを前にして、「コーリスの子」などというマナのかかる白のカードを採用しようとどうして思えたのか謎で、それを引きずっていたのだ。
そういえば、まつがん氏は狂気だと周りに思われているのかもしれない。
実際氏の記事は、一人称視点でのデッキについて語ることが多い。
実際は対戦形式のゲームであるにも関わらずだ。
しかし、それはこう言い換えることもできる。
「まつがん氏はデッキ視点で完結するカード選択において、合理的な答えを出す訓練を積んできたエリートである」
私は、設定した目標が正しい限り、まつがん氏はデッキ視点での選択を誤ることはほぼないと思っている。
より正確に言えば、「理解させられた」。
私がこのデッキを回すのが嫌になっていた一ヶ月の間に、まつがん氏はデッキとの対話を、一人称視点での最適化を終えていたのだ。
その結論の象徴が、「研究室の偏執狂」と、「人生は続く」1枚採用だった。
そう思えてならないのだ。
2. 「……速すぎる」
結論から言えば、このデッキのスピードはモダンではなかった。
リーグに放り込んで、2ゲーム連続2キルしたときの快感を覚えている。
「ちょっとした」ドブンで1キルしたときの感触も忘れられない。
空を飛ぶことはこういうことなのかと思った。
初期のデッキリスト。絡み森の大長を試しに抜いていた頃。
ときはロンドンマリガンお試し期間の真っ最中。
イゼットフェニックスがトップメタで、トロンが強化されてにわかに増えていた時期だった。
クラガンを使っていたとき、こいつらは空を飛んでいるのだと思っていた。
私ができるのは、せいぜい足を掴んで引きずりこむことだけだった。
ちょっとジャンプしてダンクを叩き込む。
結局のところ、それを間に合わせるためにあのデッキをいじっていた。
「ステューピッド・グリショール」はそれら既存のデッキと違い、遙かな空へと飛んでいく、異次元の存在だった。
「クラガンは、このデッキに、絶対勝てない」
このデッキの動きを見ているだけで心が折れそうになった。
対策したところで、グリショールは足を掴む間もなく飛び去ってしまう。
先手2ターン目に相手の土地を全部山にするドブンも、相手の魔力変1枚で解消されてしまう。
無力だった。
よりによって、自分が一番好きなデッキに引導を渡す羽目になるとは。
ちくしょう、と一人毒づくことしかできなかった。
かつて、環境最速と呼ばれた純鋼ストーム。
あのデッキ、ドブンの1キルがあるだけで、バリューラインは3ターンキルであった。なにより、稲妻プッシュで止まりうる。赤で止まるのはフェニックス全盛期において致命的だ。
ちなみに感染は3ターンキル安定。こちらも赤で止まる弱点を持っていた。
そして、一瞬コピーして回していたことがあるエターナル・デボーテも同じラインのデッキで、同様の弱点があった。(これに関しては私の回し方が下手だった可能性もある)
新生化がモダンリーガルになった瞬間、環境最速が入れ替わる。
「5~10%」
それが絡み森の大長を搭載した場合の、7枚で1キルハンドが来る確率。
10~20ゲームに1回。
速度は、悪名高い完全体MoMa――まあ、こいつはスタンダードプールでその確率だったという意味ではもう1段階狂ってるが――と同じ。
しかも、このデッキには稲妻プッシュといった1マナの除去がきかない。
ああ、壊れてしまった。
これでは、まるで作業ではないか。
本気でそう思っていた。
それが私の限界だったのだろう。
結局、「ステューピッド・グリショール」を「ネオブランド」にすることは、私にはできなかった。
今なら分かる。
私は、どこかでこのデッキが否定されて欲しいと、そう思っていたのだ。
公式にBANされるのが一番後腐れなく処理できるだろうとも思っていた。
生まれたときから一週間。手間暇を惜しまず、面倒を見ていたはずの「ステューピッド・グリショール」。
そいつが2キルして笑いかけてくる。
異形の怪物が口を広げた。
3. 除去には強い。が、対策できないわけではなかった。
幸か不幸か、「ステューピッド・グリショール」自体は対策不能ではなかった。
確かに除去はパス以外が当たらない。
しかし、ハンデスとカウンターには存外もろかった。
私は「ステューピッド・グリショール」を2枚コンボと考えていた。
必要なコンボパーツ自体は確かに2枚だった。
しかし、このコンボはもう2枚、手札に緑のカードを要求している。
相手がハンデス、カウンターを撃ってこない場合は問題になることがない。
しかし、言い換えてしまうとこうなる。
「どんな状況でハンデスを撃たれても有効牌を落とされる」
「一度コンボをカウンターされてしまうと復活できない」
このデッキはオールインだ。
相手の妨害を、メインは甘んじて受けるしかない。
しばらくすると人間やスピリット、黒多色ミッドレンジ、呪文貫きをひっさげた青白が環境に増え始め、「ステューピッド・グリショール」の勝率は落ちていった。
正直、このデッキは非常に不健全なデッキだったと思う。
しかし、介入手段を持つデッキにとってはお客様でしかなかった。
「この空を飛ぶことはできない」
私は諦めたのだ。
これ以降、私はちょろちょろと回しはするものの、隙間産業的に主流派とは異なったリストで潜り続けることになる。
例えば、バンクーバーマリガン対応型の「揺らぎグリショール」とか。
私にとってのグリショールの総括
そして私は、MOでクラガンを再び回し始めたのだった。
4.その後のはなし
5月27日、「バンクーバー・マリガンのルール適用中に」まつがん氏がMOPTQで準優勝した。
詳細は記事参照
ああ、負けたなと思った。
実際掛けた時間を考えれば妥当な結末ではあったので悔しさはそれほど無く、だからこそ身勝手ながら、「悔しくない」ことが無性に腹立たしかったのを覚えている。
「私だって、諦めなければもしかしたら」
そんな未来はきっと無かったと思う。
私はオールインに近いデッキの調整、一人称視点での最適化が不得手で、どこかに冗長さを求めてしまう。例えば、「ステューピッド・グリショール」に土地を多めに積んでしまったりとか。
まあそんな感じで、「ネオブランド」は、彼を心のどこかで恐れ、嫌っていた私の手を完全に離れて、彼を愛するものの手へと旅立っていったのだった。
ちなみにこの記事を書こうと思ったきっかけは、まつがん氏のリストを参考にした「ステューピッド・グリショール」を使ってのリーグ5-0だ。
メイン夏の帳。なおカウンターハンデス1度も撃たれず。
「もう私のデッキではない」
肩の荷が降りた私の前で、どこか違う雰囲気のある「ステューピッド・グリショール」は、本当に良く回った。
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