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【episode51】愛猫が星になった日
その年の8月、東京は毎日真夏日だった。
少年夫が彼女と病院に行くために帰国する前夜、
不安でたまらなくて、ウツの薬を飲むために
元カレに電話を繋いで食事を取っている間中、
うちの猫ちゃんは声が枯れるほど鳴いていた。
LAから一緒に帰国した愛猫は19歳になって
ほとんど目も見えず、トイレも上手くできないので
毎日介護が必要な状態だったけれど、食欲だけはあって
真夏日でもモリモリ食べてお水もよく飲んでいた。
その日はお腹いっぱいのはずなのにずっと鳴いていた。
8月6日少年夫が帰国する日は、夜21時頃空港へ迎えに行く。
私は朝から何か動いていないと落ち着かず、ずっとずっと掃除をしていた。
爪がボロボロでも、もうどうでもよかった。
朝方に試験に受かったと少年夫からメールがあり
電話したら嬉しそうな声をしていて
空港へ向かう準備をしている、ということだった。
その日私は、以前から決まっていた撮影の仕事が日中入っていた。
撮影の時も辛くて、夕方家に帰宅した瞬間から泣いていた。
だんだんとウツがひどくなっているような感じがする。
どうして裏切ったのか
どうしてそんなひどいことができたのか
この苦しみは、この悲しみはどうしたらいいんだろう
そして、さらに悲しみが深くなる出来事が私を襲った。
猫ちゃんが動かなくなっていた。
天へ旅立ってしまったのだ・・・
体を抱き上げても動かない。
最後にシャワーで体をキレイにしてあげようと
私は震えながら優しく水をかけてバスタオルに包んだ。
体を拭いても動かない。
水が滴った床を拭きながら苦しすぎて泣いた。
一人で泣き崩れた。
そこから動物葬の会社を調べて電話し
夜に迎えにきてくれることになった。
今日まで生きていてくれてありがとう
アメリカ生まれなのに日本に一緒に来てくれてありがとう
一緒に生きてくれてありがとう
いっぱいいっぱい思い出をありがとう
それにしても、どうして今日なの?
出かける時は普段通りだったのにどうしてこの日?
私が余計なことを考えなくてもいいように?
二人で見送れるようにしてくれたの?
次々と起こる出来事に対して
私、こんなに苦しめられるほど、神様に嫌われることしたかな・・・
これまでそんなに悪いことしたかな・・・
一生懸命生きてきただけなんだけどな・・・
そんな気持ちで、意識朦朧としながら空港へ向かった。
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少年夫が国際線の到着口から出てきて合流して気がついた。
結婚指輪をしていなかった。
(また外したんだ・・・気持ち変わったんだ・・・)
「あのね、猫ちゃんがね・・・今日旅立ってしまった・・・」
そう告げるのが精一杯だった。
少年夫は「え・・・」と絶句して泣いていた。
私もしゃくり泣いていたので、一旦コーヒーを飲んで落ち着こう、と空港のコーヒーショップに座った。
そこで、23時にお迎えの人と車が来ることと私がウツだと診断され朦朧としていることを話した。
家に着いて猫ちゃんを包んでいるバスタオルを見て少年夫は泣き崩れ、23時に引き渡し、二人で泣きながら見送った。
私は食事がほとんど食べられずぼーっとしているので、夜中遅くまでやっている韓国料理店へタクシーで向かい、スープを飲んだ。食後に薬を飲んで、その日は私はベッドで、少年夫はソファで眠ることにしたようだ。
翌日、少年夫は彼女の家の近くの埼玉の病院へ行くらしい。
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朝目覚めたら、少年夫がスーツで出かけようとしていたので驚いた。
向こうのお母さんも来るからスーツで行くらしい。
「え?どういうつもりでお母さんは来るわけ?」と聞いたら
心配だからだそうだ。
(そっちはそっちで進めているというわけなの?)と怒りが湧いてきた。
「あのさ、おかしくない?向こうの親と話す前に、こっちの親でしょ?
うちの親とあなたの親じゃないの??」
少年夫は何も言わなかった。
私は「住所を聞いてきて。慰謝料を請求しないといけないから、私は離婚しないから」と告げた。
彼が出かけた後、私は意識朦朧としながら考えていた。
もう終わりなんだろう
ただすぐに終わらせるつもりはない
NYに行けば、ロンドンに行けば、会わずに済むし忘れてしまうだろう
新しい環境で仕事や生活が始まれば苦しまなくて済む
私は来月研修でNYに行くことになっているのに
なぜこんなに苦しまなくてはならないのか
すぐに別れることはしない 誰が何と言おうとしない
それは絶対にさせない、好きにはさせない
心が追いつかない
私の10年を、20年をどうしてくれるのか
ずっと心配ばかりしていた心をどうしてくれるのか
子どもも産まず、支えてきた年月、裏切られたこの数ヶ月
心も体もボロボロになった
代わりが見つかったからあなたはいいのでしょう
さみしくても相手がいる
どこに行っても稼ぐ力がついたからいいのでしょう
10年内縁の妻でいてもらえばいいんじゃないか
5年離れてたら別れられるよ
もういいんだって、どんな生活になろうがもういいらしい
もうどうでもいいような気がする
簡単に離婚はできないから心配すればいいと思う
私はそればかりの人生だったんだから
お金だけどお金じゃない
時間は戻ってこない
苦しめばいい
地獄を味わえばいい
今どんなに苦しくてもすぐに忘れてしまうから
辛かった日々も一年経ったらすぐに忘れられるよ
だからせめて今はどん底を味わったらいい
だってそうじゃない
あんなに苦しかった日々頑張った日々を忘れてるじゃない
アドレナリンが出て楽しかった時間を沢山過ごしたんでしょう
じゃあいいじゃないか
十分楽しんだ代償でしょう
場所が変わればすぐに忘れられるよ
私もウツになって、もうどうでもよくなった
あなたの心配をしなくていいなら楽になれる
私が自分の人生を生きてなかったからこうなったんだろうか
人の気持ちに敏感すぎるからこうなったんだろうか
そしてこれからの人生どうしていけばいいんだろうか
そう日記に残っていた。
*
P.S.
明けましておめでとうございます。
年末にもう少し書き進める予定だったものの
新年にこの記事をアップすることになるとは少々恐縮です。
ウツのことを振り返ったことがなかったので
少し丁寧に書いていますが
あれから5年以上が経った今、元気に穏やかに新年を迎えています。
皆様にとっても幸せな2025年になりますように。