【episode47】世界がモノクロになった
翌日の日曜日、少年夫のランニングに付き合って私は自転車で出かけた。
きつい坂道でも自転車を降りないでひたすらこいだ。
坂を越えれば何かを乗り越えられる、そんな気にもなっていたし、
これまでの20年の出来事を振り返ったりもしていた。
あんなに一緒に時を過ごしても、ダメだったんだ。
いろんなことを一緒に乗り越えてきても、ダメだったんだ。
乗り越えてこれから先の未来を話をしても、ダメだったんだ。
彼はこれまでの全てを捨てようとしてた。
これまでをきれいさっぱり捨てようとしてた。
彼のやりたいこと、欲しいもの、叶うように応援して支えてきた結果がこれなんだ。
どれだけ一緒に走っても、坂をのぼっても、無駄だったんだ。
そう思えてくる気持ちを何とかはねのけたかった。
その一心で自転車を降りなかったのかもしれない。
ふと気を緩めると二人とも泣いていた。
家に着いてソファに横になっていると泣けてきた。
声を出して泣いた。
苦しくて泣く時ってこんなにも嗚咽するんだな。
自転車をこぎながら考えたことを話した。
そして不妊治療と子どものことも。
浮気はそんなに深くは考えていなかったと彼は言った。
泣き疲れ、考え疲れて、ギリシャ料理を食べに行った。
二人ともあまり食べられずに帰ってきて言葉少なく眠りについた。
月曜日、少年夫は私が日本から持ってきたシャツとネクタイで会社へ出かけた。私も一緒にコーヒーを買いに行き、会社の近くまで送って行った。
途中歩きながら「今日はいい天気だね」と言って横を見たら彼は泣いていた。そこからずっと泣いていた。
「どうして泣いてるの?」と聞いても「わからない」って。
コーヒーショップの前でバイバイするまで泣いていた。
いろんな感情が入り混じっているのだろうか。
どうして自分は間違ってしまったのか・・・という気持ちでいるのかな。
何気ない幸せを感じてくれていたらいいなと思う。
家に帰ってきて、まずは私の母親に電話。1時間位。
ウツかもしれないと本気で心配していたから
この驚くべきことにきっと悲しむだろう。
きっと少年夫に対して怒るだろう。私は泣きながら話した。
「バカにしてる」「男ってどうしてそんなに勝手なの」
「あなたは一人でも生きていけるんだから」
「子どもはできないんじゃなかった?」
「結婚前も色々あったじゃないの、それで結婚したらこれって・・・」
「どうせそのままイギリスに行っても同じことでしょう」
「これまでどれだけあなたがしてきたか」
「泣くのはあなたの同情をひこうとしているのかしら」とも。
「強いわね」「あなたがそう思っているならそれでいい」って。
その後、LAの親友に電話した。2時間位。
同じ反応だった。
みんな優しい。
そして、私に「強いね」って言ってくれるから
この状況を耐えられるのかもしれない。
私には味方がいる。そう思えることが救い。
クリーニング屋さんに行っても、マンションの下のカフェに行っても
名字で呼びかけて久しぶりの挨拶をしてくれる。
もうすぐ、その名前じゃなくなるかもしれないのに…ねと思ったりする。
その選択を彼がしようとしたんだよね。
鍵をインロックしてしまい、ぼーっとしてる自分に気づく。
マンションのコンシェルジュに助けてもらった。
夜少年夫帰宅。酔っ払っていて上機嫌。
ソファに寝転がりながら話をしている。ふと気がついた。
彼は結婚指輪をしていた。
火曜日、朝一緒に出かけながら、また途中から泣いていた。
「悲しいの?悪いなって思うの?」と聞いたら
「いろんな感情が混ざっている」らしい。
コーヒーを注文した後も彼は泣いていた。
私は笑って送り出した。
家に帰ったら、悲しみが押し寄せてきて、結構泣いた。
母に悪いと思いつつ、また電話してしまった。
「I'm proud of youだわ」とも言っていた。
「あなたが強いのは当事者だからじゃない?
強くしてなきゃ崩れちゃうからじゃない?体だけが心配よ」と言われた。
本当にありがとう。そう言ってもらえると勇気が湧いてくる。
信じてくれる人がいるってこんなにも救われるものなんだな。
その後、日本にいる高校の時の元カレにも聞いてもらった。
彼は独身で少々スピリチュアルな視点の人。
「お前が元気で安心した」そればっかり言っていた。
「お前が傷つけた方ではないんだから」
「良いようにしかならないんだから大丈夫だよ」
そう言ってもらえるだけで安心する。いつ電話しても聞いてくれて、バカな話をずっとしていられる友達には感謝しかない。
でもそのあとは、また悲しくなった。
家事のやることがなくなると泣けてくる。
これから信じていけるのか・・・
ずっとこの感情と向き合い続けるのか・・・
どうして裏切ったのか・・・
どうしてこうなったのか???
ツイン君のことを考えなかったわけではないが、
この状況を知ったら悲しむような気がしていた。
夜少年夫が送別会から帰ってきた時、少し様子がおかしかった。
指輪はまだつけていた。
水曜日の朝、少年夫の様子がおかしいのでどうしたの?と聞いてみた。
「検査薬したらできてたらしい。こうなったらやはり別れたい。」
「病院は?」と聞いたら「仕事があって来週になるらしい」とも。
「仕事してるってどういうこと?VISAの関係で帰ってるんだよね?」
「客先をまわったりしてる。」
「何の仕事してるの?」
「税務とか…..」
「いやいや、出来たから、はいさよならとはいかないでしょう。」
「あなたとこれから一緒に暮らしていく生活がイメージできないんだよね…」
フッ、て笑いが出るほど、呆れた。
さんざん一緒に暮らしてきたのに。
その後腹がたって外に出た。
戻ると少年夫がシャワーを浴びていたので「私は別れない」と告げた。
意地のような気持ちだった。
会社への道すがらコーヒーを買ってバイバイした後、
5th Avenueをぼんやり歩きながら、初めて「死にたい」と思った。
死にたいというより、この世界からいなくなりたいと思った。
そして、目の前の景色がモノクロになった。