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【episode48】NYでの長い一週間
世界がモノクロになってから
ゆっくりゆっくりセントラルパークまで歩いた。
緑の中で、私の視界に色が戻ってきた。
母に泣きながら電話したら
「ひどい男。どうするね。親にも彼にも土下座して謝ってほしい」
「20年を返してもらいたい。どうせその女と一緒になってもその後も同じことの繰り返しでしょ」と言っていた。
「また誰かのことを信じることができるかな。再婚とかできるかな」
と私が言うと
「もっといい男もあなたを大事にしてくれる人もいるわよ」と言ってくれてまた泣けた。
こんな娘でごめんねって思う。
本当に離婚するんだな。と現実味を帯びてきた。
その後LAの親友から電話。
「もう何も優しくしなくていいんじゃないか。彼に対して何も感じなくていいんじゃないか。バカじゃないの。なのに一緒にオーダーしたスーツやシャツを着て出かけるわけでしょう?ムカつく、ほんとムカつく。服も靴も家具も全部捨ててやればいいのに。」
私もそう思っていた。
洋服や靴を全部捨ててやりたい。
スーツやシャツやネクタイも全て。
彼の仕事のために整えてきたもの、プレゼントしてきたもの全て捨てたい。
私が選んだものを着て楽しそうに過ごす彼らを
想像するだけで吐き気がした。
海外単身赴任中に浮気・・・その現象だけみればよく聞く話だ。
LAに留学していた頃、そんな駐在員をいっぱい見てきたじゃないか。
自分がその渦の中にいることなんて想像もしていなかったけれど
調べてみるとそういう相談に乗っている行政書士さんがいた。
金曜日に電話相談の予約を取った。
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木曜日の朝、少年夫が話をしたそうだった。
私はほとんど眠れず、食べられなくなっていた。
彼は、これまでの仕事、私の仕事、二人の生活を振り返っていた。
「普通の暮らしをしていたら、ここまで来れなかったよ。
でも全て叶ったからいいじゃない。もう何でもできるでしょ。」
と私は言ったけれど、彼はこの先の未来が見えないようだった。
イギリスの先にやりたいことがない。
だから生活がイメージできない。
そういうことらしい。
そこに子どもがいたら、穏やかな空気の流れる生活ができる。生活に意味が生まれるってこと?
これまでがむしゃらに上を目指してきて、野心でのぼってきて、ふと気がついた。あと手に入れていないものは、穏やかな生活。そして子ども、ということ?
私といるとずっと彼は頑張り続けなければならない。
それにもう疲れたんだろう。
もう上を目指す必要がなくなったのだ。
そういうことなんだろう、と私は思った。
その日、イギリスのVISAが取れたと連絡があった。
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金曜日、日本にいる女性行政書士さんと初めてスカイプ。
少し気持ちが落ち着いた。こんな状況でも少し笑ったりできる。
状況を説明すると、「彼は変わった人ですか?」と聞かれた。
「愛着形成が不足している人?」
別れようとしているのに、一緒のベッドに寝たり
毎日一緒にお風呂に入ったりなど聞いたことがないという。
何でも受け身なんですね。とも。
私の母が言っていた私へのコンプレックスの話や家族との関係性の希薄について話したところ
「多分、家族との関係性は薄いと思う。だから情がないように感じる。バッサリ捨ててしまう、
そんな感じがするでしょう?」と。
「ちぇるさんは44歳まだ若い、これから10年後に同じことをされた時、立ち直れます?
スパッと別れてこれからの未来を生きる!と強くなれたらベストだけど・・・そんなに簡単にいかない気持ちもありますよね。日本に帰国したら、離婚届の不受理申出を区役所にしにいってください。」と言われ
そんなシステムがあることを初めて知った。
家のローンや財産分与の話も、私にとっては初めて知ることばかりだった。実際に離婚について考えたことがなかったんだな、と思い知った。
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行政書士の先生の
「ちぇるさんはまだ若い、これから10年後に同じことをされた時、立ち直れます?」という言葉がなぜか引っかかる。
私の中で燻っている感情は、そういうことではないんだよな…と思った。
彼には絶対的な味方が必要なはずって
まだどこかで思っているんだろうか。
みじめだ。みじめすぎる。
情ってどうやったら断ち切れるんだろう。
子どもができていたら完全に別れがくる。
それでも認知しようか?と思ってた自分に
腹もたつし、ほとほと呆れてしまう。
これまでそうやって彼のために環境を整えてきてこの結果じゃないか。
彼女の会社と名前、病院はいつ行くのか、イギリスの連絡先と住所...
そして、今後はどうするつもりなのか
私はどうしたらいいのか、どうしたいのか
そして、最後の日を迎えよう。
この1年半の東京ーNY生活も終わりを迎えるんだ。
よく頑張ったよね、私。
私だってさみしかった。
いつもいつも元気にやってるかな、さみしくないかな、そればかり気にかけていたし
だからこそ2ヶ月に一度来ていたけど、
私だってさみしかったじゃない。気にかけてもらいたかったじゃない。
そうだね、もうこれ以上頑張る必要はない。
NYでの長い1週間だった。
部屋から見える向かいの教会の屋上に佇むマリア様に毎日祈っていた。