【episode56】フラッシュバックとの闘い
そこからの20日間、私は東京、少年夫はロンドンにいて、ビザの手続きに入る前に、彼の誕生日に合わせて、私はもう一度ロンドンへ行こうとした。
「来るな、ビザ取ってからにして」と冷たく言われたり、電話が通じないことが続くと、フラッシュバックが起きる。
よく「ウツっぽい」とか「ウツ状態」とか「ウツ一歩手前」とか
人は簡単に言うけれど、それは「ウツ病」になったことがない人が言う言葉なのではないだろうか…..
自分ではコントロールできない無意識の領域で
悲しみ、苦しみ、つらさ、闇…..
黒くて暗くて重たい影のようなものに飲み込まれる。
そういったものが襲いかかってくるような、覆い被さってくるような感覚。
「つらい、つらい、つらい、つらい」とどこからともなく声が聞こえ、その間は涙が止まらなくなる。
こんなにつらいのか…と思うほどつらかった。
大阪への出張が入っていたが、新幹線の中でもずっと泣いていた。
仕事は、なんとかかんとかこなしているような毎日だ。
それまでのNYとの二拠点生活があったおかげで
人に任せることも多くなっていてなんとか乗り切れていた。
その間に、彼女は直接少年夫へ連絡をしてきて、弁護士を通してと頼んでも無視されていた。同意書が彼女から直接サービスアパートメントへ送られてきてものを、少年夫はアメリカの弁護士へ送った。
結局私はその後また1週間ロンドンへ行き、家を見てまわり、少年夫と向き合った。「来るな」と言われたこと、同意書にイギリスの携帯番号を書いていたことが気になっていた。
「俺だってギリギリなんだ。今来られても無理って思った。二人で一緒に住みたい、そのためにビザを進めている。それが自分の気持ちだ。」
「でも今回来るって言わないと、ずっと1ヶ月以上無視され続けたわけでしょう!?そんな状態でビザの申請なんて私には出来ない。心を閉ざして、逃げないでよ。」
そう言った時に
「ジリリリリーン!!」と部屋の火災探知機がけたたましく鳴って
二人で驚いて、急いでキッチンへ向かったが
何事もなかったのにどうして鳴ったのか?
わけがわからず、こわかった…と私は抱きしめられながら泣いた。
「無視しないで、私は病気なの。トラウマっていうものがあるから、もしそうなったら、そっと電話を切っていい。ただ、その後心を閉ざさないで。
あなたが反省していることも、悪かったと思っていることもわかってる。
責めたいんじゃなくて、私を見てほしいだけ。
悲しみや苦しい気持ちはまだ残っていて、私たちの共通の敵はトラウマなの。私はただ仲良くしたいだけなの。だから無視しないで。」
と泣きながら伝えたら、彼も泣いていた。
どうして警報機が鳴ったのかはわからない。
きっと神様が味方してくれたんだ。
NYでの停電もそうだった。
思い詰めた話し合いになると重い空気を破るかのような出来事が起きた。
それでもその頃は、朝方どうしても涙が止まらなくなることがあった。
目を閉じると、NYの部屋の中がイメージとして出てきて
特にベッドルームが思い起こされ
私の目でベッドからクローゼットや窓から差し込む朝やけを見ているのだけど、体はなぜか彼女になっている。彼女の顔も姿形も知らないのに。
私が見た景色と同じ景色を見ながら、彼女は何を思っていたのか。
私が選んだものばかりで溢れている部屋で、何を思っていたのか。
おはようと朝起きて、冷蔵庫から水を取り出して飲み
一緒にシャワーを浴びて、私が選んだタオルで体を拭きあって
ソファに座っていたんだろうか。
そんな考えてもわからないことを想像して
というより憑依した感じになっていた。
私として泣いているのか
彼女として泣いているのか
わからない。
少年夫に気づかれないように、顔をそむけて寝ていたけれど
嗚咽が激しくなってきたのか気づかれてしまった。
「どうしたの?泣いてるじゃん!」と優しく強く抱きしめてくれた。
「ちょっと思い出したからこのままそっとしておいてほしい」と頼んだ。
少年夫が仕事から帰ってきて、ご飯を食べてゆっくりしながら、ちょっと話を整理しない?と私は言った。
「携帯番号を教えたということはショートメッセージもできるということ。
電話がきたら、メッセージがきたらどうするの?」
「そっと切る。それか弁護士を通して、と冷たく言う。どちらかでしょ。」
そうことが俺はできる人間だ。あなたが思っている俺とちょっと違うと思うよ。この1年半で変わったんだと思うよ。と言う。
「引っ越ししたら番号変える?」と聞いたら「変える、大丈夫だから。」と強く言われた。
誠意を見せなさいよ!と彼女の母親に怒鳴られて
誠意ってなんですか?と聞いたら、お金でしょ!と言われた。
詐欺で訴えてやる!と彼女本人に最後に言われた。
弁護士に訴えるって言われる経験もなかなかないよね。
女性に対して特別な感情がないことはわかる。
もうどうにもならないこともわかった。
私ももうこだわるのはやめようと思った。
なんだか、彼女の気持ちになって泣いたりしてバカバカしくも思えた。
もう二度と私たちに関わらないでほしい。
そして、ロンドンの家の契約も成立した。
次は私の引っ越しだ。
私はつらく悲しい渦の中にいつまでもいたくなかった。
毎日泣いているような生活を続けたくなかった。
早く抜け出したい、プロに助けを求めよう、と
継続的なカウンセリングを受けられる人を探した。
ロンドンにいる日本人女性医師もしくはカウンセラー
オンラインで受けられる日本にいる女性カウンセラーを探して
優しそうな専門的な勉強を継続している
カップルカウンセラーさんへ問い合わせることにした。
P.S.
今振り返ると、ウツの症状は人によって違うのだろうと思う。
私は当時、あまりにも怒涛の出来事が起きたことによるショック性のものだ思っていた。なのでそのショックを引き起こしたことに丁寧に向き合えばいいのでは?と思っていた。
ウツは、怒りや悲しみや我慢が知らず知らずのうちに溜まっていて、自分でコントロールできない域に達した時に表出する現象なのだろう。
心療内科に通い、カウンセリングを受け、本もブログも動画も片っ端から見たり読んだりした。ノートに書き出したり日記もつけて自分と向き合っていた。もがいた日々があったから今があると思うし、もし今苦しんでいる渦中の人がいたら、絶対に楽になると信じてほしいとも思う。
ただ私が心から癒されたのは、その体験をしに生まれてきたのだと理解できた時だった。