演技と観劇、もしくは宇宙の旅への必要な能力 ーノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクト特集③
2023年8月、チェルフィッチュ新作『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』が吉祥寺シアターにて世界初演を迎え、10月にはKYOTO EXPERIMENT 2023にて京都公演を予定しています。
本作はチェルフィッチュが2021年より取り組むノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクトの一つの成果として、日本語が母語ではない出演者たちとのクリエーションを行っています。
チェルフィッチュnoteでは、全三回に分けて、様々な視点からこのプロジェクト/作品をご紹介していきます。第三弾はプロジェクト参加者の鄭禹晨さんです。鄭さんは編集者としての仕事の傍ら、都市や異文化をテーマにしたアートプロジェクトに携わっており、本プロジェクトにもワークショップ、オーディションと参加していただきました。
出演者と同じく、日本語が母語ではない、プロジェクト参加者として、本作をどう観たのか。鄭さんによる『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』のレビューをご紹介します。
(第二弾 演出助手 山本ジャスティン伊等さんのレポートはこちら)
日本に暮らす時間が長くなるにつれて、日本語のリスニングは少しづつ上達したが、毎回観劇する度に、聞き取れない台詞やわからない日本語で挫折を味わう。言語のハードルを感じて、徐々に演劇を観る回数が減った。観るとしても、主に海外の演劇を選ぶことが多い。海外の演劇には日本語の字幕があるからだ。演劇と言葉は密接に関連しており、台詞が理解できなければ、舞台全体を理解することはできないと思っている。
母語が日本語ではない私は、観劇の仕方や演劇との新しい関わり方を知りたくて、「ノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクト」に惹かれ、2021年9月のワークショップに参加した。その後も『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』のオーディションを受け、稽古の見学もした。本作は2023年8月に吉祥寺シアターで世界初演された。ここでは、私の観劇後の考えをいくつか共有したいと思う。
地球の標準は宇宙でも適用できるか
舞台上は宇宙船の一室で、長い蛍光灯、流線型の床、そして故郷である地球を想起させる窓がある。観客の私たちはまるで宇宙船の外、宇宙空間にいるような気がする。次いで、4人の宇宙船の乗組員、ヒト型ロボット、地球外知的生命体が登場して、この部屋で一連の対話や議論を繰り広げる。
4人の乗組員は日本語で話していて、アクセントや話し方で母語ではないことがすぐわかった。日本語が母語ではない私にとっては、もし宇宙船の乗組員たちが聞き慣れている日本語教材のような「標準日本語」で話していたなら、理解度が少し上がるかもしれないと思った。
そんな考えが頭をよぎる一方で、数年前に香川県のある漁港で漁師数人との出会いを思い出した。彼らと会話を交わす際、私は「すみません、標準語しか聞き取れません」と言ったところ、彼らは「ここの標準語は讃岐弁なんだよ!」と言われた。
この時、ずっと舞台の隅っこにいるもう一台のヒト型ロボットの動きに気がついた。このヒトは資料を持っていて、傍観者のように乗組員たちを見ていた。まるで台本通り進んでいるか、あるいは台詞が正しいかどうかを確認しているようだ。このヒト、私、もしくは他の観客も今「ある標準」で乗組員を判定しているのか。
今回、乗組員たちに果たされたミッションは地球外知的生命体に「わたしたちの言葉をマスターしてもらうこと」。多分、その言葉は「日本語」ではなく、「彼らの言葉」と考えた方がいいと思う。これは、この宇宙船内で、お互いがコミュニケーションを取るために大事な共通の言葉だ。
では、乗組員たちは、地球外知的生命体に正しく「彼らの言葉」を話せることに期待をかけるか、かけないか。
静寂な宇宙の中で、言葉以外、私が聞こえたこと
本作の台詞は普段使う日本語とは異なり、文が長く、構造が複雑で、解読が容易ではないが印象的である。尚且つ科学や専門用語、難解な語彙も含まれて、私は知っている単語で推測することしかできない。だが、目の前の宇宙船内で起きている出来事や、登場人物それぞれの鮮やかな個性は把握できることに気づいた。
例えば、ロボットが「させていただきます」という言葉を繰り返し使っていて、丁寧な言葉表現だが、逆に怒りを感じた。それは、話に含まれている態度、他にもロボットのイライラさせる足音だろう。
また、乗組員たちの対話には、長くて覚えられない地名や人名もよく出たが、段々とこの解明できない名詞は音符やリズムのように聞こえた。自分自身は「知性レベルの高い地球外知的生命体」のように、言語以外の「レセプター」に目覚め、新しい聴覚の領域を手に入れたような気がする。
言葉の意味が完全に解らなくても、知っていることを組み合わせて理解しようとすることができる。また、他の方法を使って、理解を深めることもできる。先ほど述べた私の香川県での漁師との出会いは結果として、お互いに歩み寄ることで、理解度が増して、楽しく話すことができた。
「聴く」と「想像力」というレセプター
2021年のワークショップから本番の観劇まで、私は「ノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクト」を通して、「聴く」「想像力」の重要性を改めて認識した。
稽古場で、私は「発するものを聞いて理解する」という少し抽象的な言葉をメモした。これは岡田さんが俳優に伝えたフィードバック。私が大学で映画演技を学んでいた時に、「聴く」ことが重要なことを教わった。ただ、私は相手の俳優が話したことや周囲の音を「ちゃんと聴く」「本当に聴く」という解釈でしか捉えていなかった。
俳優は自分が発するものを聞いて、理解しようとするとき、話す速度を遅くしたが、その行為は、台詞の内容をさらに理解し、話に真実性を与えることができると考えている。特に、自分の母語でない台詞を話す際には、大いに役立つであろう。
本作はSF演劇であるが、戯曲を書いた劇作家、舞台上の演者たち、あるいは一緒に観劇している観客、恐らく誰も宇宙船に乗ったことないし、地球外知的生命体を見たことないだろう。さらに、この部屋ではコーヒーやヘッドフォンはない、窓の外には景色は広がってはおらず、扉の向こうにもう一つの部屋もない。しかし、演者が想像力を発揮し、観客もそのフィクションを受け入れることで、演劇が成立したと思う。
そして、「聴く」と「想像力」というものは、⚪︎⚪︎語レベルが高いかどうかは関係がない。このレセプターを再認識することで、今後の観劇や日常生活において新たな経験を期待している。
文 鄭禹晨
次回公演情報
チェルフィッチュ 『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』京都公演
KYOTO EXPERIMENT 2023
2023年9月30日(土)〜10月3日(火) ロームシアター京都 ノースホール
<ノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクトについて>
演劇は、俳優の属性と役柄が一致せずとも成立するものです。それにも関わらず、日本語が母語ではない俳優はその発音や文法が「正しくない」という理由で、本人の演劇的な能力とは異なる部分で評価をされがちである、という現状があります。
ドイツの劇場の創作現場で、非ネイティブの俳優が言語の流暢さではなく本質的な演技力に対して評価されるのを目の当たりにした岡田は、一般的に正しいとされる日本語が優位にある日本語演劇のありようを疑い、日本語の可能性を開くべく、日本語を母語としない俳優との協働を構想しました。
2021年よりチェルフィッチュはワークショップやトークイベントを通してプロジェクトへの参加者と出会い、考えを深めてきました。2023年3-4月にはこれまでのワークショップ参加者を対象にオーディションを実施、選ばれた4名とともに『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』を創作・発表します。
今後も活動を継続し、このような取り組みが他の作り手にも広がることで、日本語が母語ではない俳優たちの活動機会が増え、創作の場がより開かれた豊かなものになることを目指します。