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湖魚が教えてくれた、持続可能な漁業と食文化の在り方

「琵琶湖の魚を、もっと多くの人に知って、味わってほしい。」
メンバーシェフである【Restaurant MOTOI】の前田元シェフの熱い思いで実現した、今回の勉強会のテーマは「湖魚」。琵琶湖の魚は古くから京都の魚食文化を支えており、前田シェフもその魅力に惹かれて、フレンチのコースに一年を通じて取り入れています。
そんな湖魚の可能性に注目し、メンバーシェフや、料理人、コミュニティメンバーなど、約30名が学びを深めるために集まりました。

ヤマサ水産四代目・西居希さんが魚屋視点で語る、琵琶湖の水産業の現状とこれから。
滋賀県水産試験場が取り組む、データに基づいた持続可能な琵琶湖の魚の資源管理。
湖魚とラオス料理を掛け合わせて新たな魅力を引き出す、小松聖児さんの調理セッション。
琵琶湖の魚と食文化を愛する、3名のゲストがそれぞれの視点で湖魚の世界を語ってくれました。


魚屋として湖魚の食文化を発展させ、持続可能な漁業を支えたい

~ヤマサ水産の四代目 西居希さんの挑戦~

まず、お話いただいたのは、有限会社ヤマサ水産・四代目の西居希さんです。

子供の頃から親しんできた湖魚を、高校進学で県外に出た際、「そんなん食いもんちゃうやろ」と否定された。琵琶湖の魚が正しく評価されないことが悔しい。

そんな思いとともに、水産大学校(山口県下関市)で水産流通を学んだ後は、北海道函館市の水産仲卸企業で修業。そこで得た学びを糧に、現在は家業のヤマサ水産で、琵琶湖の水産業の発展に取り組んでいます。

琵琶湖の水産業の課題とは


西居さんの悔しさにも通じる、琵琶湖の水産業の3つの課題をまずは見ていきましょう。

ヤマサ水産 西居さん作成(以下同)


①漁獲量の減少
実は、琵琶湖の漁業も「魚が獲れない」という問題を抱えています。「獲り過ぎ」の影響ももちろんありますが、琵琶湖ならではの事情として、環境面の課題も大きいと西居さんは言います。

琵琶湖は深いところで水深100m以上。そこまで行くと太陽の光が届かない暗い世界になります。外海とはつながっていないため、山から流れてくる雪解け水が貴重な酸素と栄養の供給源です。しかし、温暖化で降雪が減った結果、貴重な酸素と栄養が湖底まで届かず、そのせいで魚が減ってしまうという事態が起こっています。


②儲からない漁業 ~湖魚需要の低下と販路の減少~

古くから、滋賀県だけでなく、京都の魚食文化を支えてきた「湖魚」。しかし流通の進化によって、簡単に海の魚が簡単に手に入るようになった今、湖魚の需要は低下しています。

漁業生産額(漁獲量×販売単価)の低下に追い打ちをかけるのが、「相対取引」の制度です。琵琶湖では長い間、相対取引という制度によって、魚が流通しています。相対取引とは、漁期開始前に、その漁期の魚の価格(魚価)を決め、漁期が終わるまで決めた価格で取引を続けるという制度です。


獲れすぎたとしても、漁期中に価格が大きく下がる(値崩れする)ことがないという点や、競りがないため、水揚げ後すぐに加工に入れるというメリットがある一方、湖魚需要の低下と合まったデメリットも。

湖魚の需要が減ってしまうと、魚屋は安い価格で販売するしかなく、設定される魚価が低下、当然漁師の収入も減少します。一度決まった魚価は基本変動しないため、魚の価値を高めるための高鮮度処理技術(血抜きや神経締めなど)もなかなか根付きにくいという構造ができあがっています。

需要の低下と販売価格の低下、技術進歩の停滞により、「儲からない漁業」になっているというのが、琵琶湖の水産業の大きな課題と言います。

③後継者不足

「水産流通って一本の木に例えられると思うんです」

そういって、水産流通の流れをかみ砕いてお話してくれた西居さん。
漁業の流通は、根っこにあたる漁業者が土壌から養分である魚を受け取り、幹となる魚屋に渡し、受け取られた魚が、複数の枝(販売経路)を通って、1枚1枚の葉である消費者に届けられるという構造です。


琵琶湖の漁業の発展のためには、まず根っこを強くするため、漁業者の育成が必要だと考えたものの、「儲からない漁業」のままでは、希望を持って漁業に従事できる人が増えないのでは?と考えました。その結果、まず消費者を増やし、(葉を生い茂らせ)、儲かる水産業の中で担い手を育てる(根っこを強くする)という発想に転換していきました。

琵琶湖の水産業向上のために魚屋ができることとは~

「課題は多い。でも今動かなければ、変わらない。今、動けば、変わるはず。」

西居さんはそう信じて、魚屋の立場だからこそできる販売力強化の取り組みを続けています。

販売単価をあげる ~ビワマスのリブランディング~

販売力強化のために西居さんが取り組んできたことのひとつが、ビワマスのリブランディングです。

ビワマスは、琵琶湖にしか生息しない珍しいサケ科の魚。外海に出ることがないため、アニサキスの寄生がなく、生食できるという特徴を持っています。上品な味わいと脂乗りから、刺身やお寿司、焼き物などさまざまな調理法で重宝されてきました。

通常、野締め(※1)で流通するビワマスですが、学生時代に漁船に乗り、船上で血抜きをすると身質がぐんと良くなることを知っていた西居さんは、ビワマス漁に同行し、船上放血を指導することから始めました。

そうして丁寧に処理されたビワマスを、独自の「船上放血天然ビワマス」として高単価で取引することで、漁師良し、魚屋良し、消費者良しの”三方良し”の流通を実現しています。


(※1)漁獲した魚をクーラーや氷水を詰めた船倉に入れて窒息死させ、水揚げする方法。

ブランド魚種を増やし、琵琶湖の魚の可能性を広げる

こうした西居さん達の努力の成果として、ビワマスは大きな注目を集めるブランド魚になりました。

しかし、ビワマスに需要が一極集中しては、資源が枯渇してしまいます。そこで新たにリブランディングに力を入れているのがニゴイです。
肉間骨という骨が多く、処理が難しいことなどから活用されてこなかったニゴイですが、琵琶湖のニゴイは川に生息するものと比べ、臭みがなく、実はハモのようなふわっとした食感と、繊細な味わいが特徴なんだそう。(そう聞いて、この後の調理セッションでいただくのが、より楽しみになりました♪)

そんなニゴイをヤマサ水産では、活け締めや神経抜き処理によって鮮度を保ち、価値を高める取り組みを行っています。

「血抜きから神経〆まで丁寧な仕事によって臭さが全くない鯉のイメージが180度変わるほどの美味しさに」

(【Restaurant MOTOI】のinstagramより)

と前田シェフが認めるように、これまでの価値観を超えた新しい食材としての流通が始まっています。食材としての価値が高まるのみならず、ウナギの延縄漁で混獲されてしまうニゴイを買い取ることで、漁師の収入が向上したり、新たな食材との出会いが料理人にとって新たなインスピレーションを生んだりと、1匹の魚がもたらす魚食文化の広がりに驚かされる事例です。


様々な挑戦を続ける中で、過去の「悔しさ」が自分の子供に琵琶湖の魚を食べさせてあげたいという、未来への「希望」へと変わったという西居さん。琵琶湖の豊かな魚たちが、これから私たちの食卓にもっと身近な存在になる日を思い描くと、期待と楽しみが膨らみます。




資源管理の成功事例、ホンモロコ

ここで話の話題は水産業の根っこ、いや土壌ともいえる、「資源」に移ります。

「私たちChefs for the Blueは、日本の魚食文化を残していきたいという思いで活動していますが、その中心となるのが、『資源』である魚をどうやって残していくか、という方法論の模索です。琵琶湖のホンモロコという魚は、一度資源が大きく減ってしまったのですが、滋賀県水産試験場の皆さんの資源回復、資源管理の取り組みにより、資源量が大きく回復した明るい事例です」

代表佐々木の導入に続いてお話を伺ったのは、滋賀県水産試験場の寺井さんです。

ホンモロコとは

ホンモロコは琵琶湖固有のコイ科魚で、体長は約10cm、寿命は約1年で成熟し、ほとんどが1年で寿命を迎えるという、生物としては資源の移り変わりが激しい魚です。

「コイ科で最も美味」とも評されるほど、琵琶湖の魚食文化として重要な役割を果たしてきました。

滋賀県水産試験場 寺井さん作成(以下同)

1970年代には400トン近くあった漁獲量は1995年あたりを境に急減。2004年にはわずか5トンにまで落ち込み、「幻の魚」と言える状態になってしまいました。
その要因とは
・産卵場所となる「ヨシ帯」の減少
・魚食性の強い、外来種による食害
・水草の大量繁茂

 → 増えすぎることで魚の移動が妨げられる、枯れた水草による水質悪化
・産卵期の水位低下

 → ホンモロコは水面に卵を産むため、産んだ卵がふ化するときに乾いてしまう
だといいます。


減ってしまったホンモロコの資源を回復するために、漁業者や、滋賀県水産振興協会、滋賀県水産試験場を含む県庁関係者など多くの関係者が様々な取り組みを行ってきた結果、現在では「獲らない」ことだけにとどまらない、資源管理を推進しています。

ホンモロコの資源管理は、まず「増殖事業」として、稚魚や発眼卵を放流し、幼魚の数を増やすことから始まりました。その後、2011年ごろからは外来魚の駆除や水草の刈り取りといった「成長環境の改善」にも力を入れ、幼魚が育ちやすい環境を整備。そして、2012年には琵琶湖の伊庭内湖周辺で、産卵期の1ヶ月間の禁漁を実施し、次世代へ命をつなぐため、「産卵を護る」取り組みが始まります。
さらに2016年には、この取り組みの成果が評価され、漁業者の自主的な取り組みによって禁漁区域が琵琶湖全域へと拡大され、禁漁期間も2か月に延長されました。

滋賀県水産試験場の皆さんの「ホンモロコを守りたい」という思いが、漁業者に強く響いた結果だと思います。


そのような取り組みの結果、ホンモロコの資源量は2014年からは右肩あがりに、回復しています。その回復速度も目を見張ることながら、さらに理想的なのが、2021年からは、放流に頼らない自然のサイクルに任せた資源増加が実現できているということです。
この結果に、魚の生態に寄り添った資源管理の重要性と、自然の回復力の偉大さを改めて、教えていただきました。




湖魚の味わいと可能性を知る 調理セッション

講義が終了した後は、お待ちかねの調理セッションです。続いての講師は、「琵琶湖の魚の伝道師」の異名を持ち、元シェフとも親交の深いラオス料理人、小松聖児さん。

大学院での学術研究やフィールドワーク、中央卸売市場での卸売業への従事、料理人としての活動など、多方面から湖魚の魅力を探る小松さんに、ラオス料理の実演を通して、湖魚の知られざる可能性を教えていただきます。

湖魚と京都とラオス料理

小松さんが京都大学大学院に在籍していた際にフィールドワークで訪れたラオスは、東南アジアで唯一の内陸国。食卓に並ぶ魚は、淡水魚が中心であり、魚を余すことなく使う文化が根付いていたといいます。自身が育った京都も、かつては湖魚を中心とした魚食文化が根付いていた地。ラオスの食文化で学んだ「タマサート(自然のまま)」の精神をもとに、小松さんは、京都で失われつつある淡水魚文化を蘇らせる活動に取り組んでいます。

今回届けられた魚種は、
・セタシジミ
・ナマズ
・ニゴイ
・ブラックバス
の4種。

聞き馴染みの薄い魚種が、異国の香りとともに、テンポよくラオス料理へと姿を変えていきます。

ラオス料理の大きな特徴のひとつが、「フレッシュ」なスパイスやハーブを使うこと。日本では乾燥状態で流通することの多いハーブ類ですが、ラオスの屋台では、新鮮なハーブが多く並ぶそうです。

フレッシュハーブの爽やかな香りがひと際目立っていたのは、「コイパー」(魚のミント和え)という料理。スペアミント、レモングラス、ガランガル、唐辛子といったハーブやスパイスと、炒ったお米のパウダーや自家製ラオス魚醤などを合わせた、ラオスの定番料理のひとつです。多様なハーブとスパイスが、素直で淡泊な湖魚の味わいに深みを与え、複雑なフレーバーをつくります。


ラオス料理のもうひとつの特徴が、食材を余すことなく使う、「全体性」。ラオスでは、大きな魚はレストランへ、小魚は家庭で複数種類を合わせて調理、雑魚類は魚醤に加工するなど、淡水魚の恵みを”まるっと”いただく文化が根付いているそうです。

そんなラオスから帰国した小松さんは、日本で小魚が活用されていない現状を知り、「なんてもったいない…!」と驚いたといいます。今回の料理は、おろした身を、蒸し物やフリットでいただくのみならず、捌いて出た内臓類をスパイスやハーブを駆使してソースを作ったり、皮引きで出た皮の部分を湯がいて和え物に入れたりと、まさに「全体性」を表現するものでした。


ものの一時間で出来上がったのは6品の料理。
・ナマズとブラックバスのモックパー
・ニゴイのフリット
・チェオキーパー(湖魚の内臓のソース)
・コイパー(湖魚のミント和え)
・蒸し餅米
・セタシジミ汁

異国情緒あふれるハーブやスパイスの香りが会場に漂う中、遠く離れたラオスの地と京都の食文化がつながる体験は、この場でしか味わえないものでした。

料理や食文化を通して、「湖魚」の魅力を学んだ今回の勉強会。水産業の学び1年生の私にとって、未知の存在だった「湖魚」が、少し自分たちの食卓と近づいた気がします。

湖魚の例にあるように、日本そして世界には、水産業と結びついた豊かな食文化がたくさん存在しているはずです。Chefs for the Blueでの学びを通して、その1つ1つを繋ぎ、自分の言葉で伝えていけるように、メンバーシェフやコミュニティメンバーの皆さんと学びを深めていきます。
最後に、貴重な知識や時間を提供してくださった西居さん、寺井さん、小松さんをはじめ、勉強会を支えてくださった皆さま、本当にありがとうございました。

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